「―――あなたは・・」
ニッコリという効果音が聞こえてきそうな笑顔を見せたのは、まだ5歳位の少女だった。
第一話
「…――!!」
アクゼリュスへ向かう旅の途中、そんな声なき悲鳴が聞こえてきた。
それに続いて魔物の鳴き声が辺りに響き渡る。
「誰か魔物に襲われているのか?!」
急いで声の聞こえた方へ行くと、そこには一人の少女。
そしてそれを囲む数匹の魔物の姿があった。
身動きのとれない少女はクマのぬいぐるみを抱きしめて座り込んでしまっている。
その状況で真っ先に動いたのはガイで、勢いよく走りだしながら剣を抜いた。
その一刀で一体を切り伏せると、すかさずアニスの操るトクナガが少女を助け出す。
「っ…」
少女が抱き抱えていたぬいぐるみが軽い音をたてて地面に落ちたがそれを拾っている暇はなかった。
少女が後衛にまでさがったのを見届けると、ジェイドの譜術が炸裂。
それに続くようにルーク、ナタリアが攻撃を繰り出していった。
アニスは少女をティアに引き渡すと、彼女に少女とイオンを任せて早々に戦線に復帰していった。
「大丈夫?すぐ治すからね」
ティアは少女を安心させるように優しく声をかけて傷を治した。
傷口を包み込んでいた光がおさまるとほぼ同時に戦闘も終わったようだ。
それぞれが武器を納めてこちらに駆けてきた。
「大丈夫ですの?」
ナタリアがそう声をかけると、少女は静かに頷いた。
「どうしてこんな所に一人でいるの?」
アニスが声をかけるが少女は何も答えなかった。
それをみて、未だに怖がっているのだろうと思ったイオンが微笑みながら声をかける。
「もう魔物はいません。怖がることありませんよ」
けれど、それでも彼女は何も言わなかった。
「おい、何かいえよ」
元々短気なルークはすっかり痺れを切らし、不機嫌さを丸だしの声をだす。
「ちょっとルーク!そんな風にいったらこの子が可哀相だわ!!」
「そうですわ!こんなにも幼い子が魔物に囲まれて、恐くないはずがありません!」
すかさずティアが彼の行動を咎め、それにナタリアも同意する。
皆もそれに頷いたため、ルークは顔をしかめつつも小さな声で詫びの言葉を言った。
「それにしても…何故このような場所にいたのですか?町の外にでるものなど、よっぽど腕に自信のある大人くらいしかいませんよ」
このご時世、町の外は魔物と盗賊たちの宝庫である。
そんな危険な場所に不必要に行こうなどと思う者もおらず、またどうしてもというときは護衛を雇ったり辻馬車で移動するのが普通だった。
けれどこの少女は町の外…しかも近くの町まで相当の距離がある場所に一人でいた。
しかも自身を守るための武器を持っている様子もない。
これは明らかにおかしかった。
守ってくれる人もいなければ、武器ももたない。
いくらなんでもこれでは早々に盗賊や魔物に襲われるだろう。
実際、先程その事態に陥っていた。
自分達が助けねば彼女は命を落としていただろう。
では今までは?
最寄の町から離れたこの場所に来るまでに、先程の襲撃が初めてというのは変だ。
なぜなら自分たちは既に数十回は敵に遭遇しているのだ。
いくらうまいこと見つからないように来たのだとしても、一度も見つからずにというのは不可能だ。
今までは一体どうしていたのだろうか。
「・・・」
ジェイドの問いかけにも少女は何も答えなかった。
「う〜ん・・じゃぁ自分の名前くらいはいえるよね?私はアニス。アニス・タトリンだよ」
重たい沈黙に、アニスが明るい声でそう話題を変えた。
なにか深い事情があるとしたら、すぐにはいえないかも知れないと考えたからである。
なにより彼女の名前を知らなければ、事情を聞くにしても不便であった。
「―――」
「えっ?ごめん聞こえないからもう一回いってくれる?」
やっと少女が重たい口を開いたが、何を言っているのかまったくわからなかった。
というより、少女の口が動いていることを見ていなければ声を発しているとすら分からないほどである。
『』
少女がゆっくりと大きく口を動かしたため、声は聞こえなくてもそう言っているのだろうということは分かった。
「ちゃんっていうの?」
アニスが確認すると少女・・・はコクリと頷いた。
「あなた・・しゃべれないの・・?」
その様子やり取りの様子からそんな考えにいたったティアはにそう問いかけた。
は少し迷いながらも頷いた。
『たすけてくれてありがとうございました』
「当然のことをしたまでですわ。それよりも・・しゃべれないというのにひどいことを言ってしまって申し訳ありませんわ。」
先ほどのルークの言葉。それに、次々と繰り出した質問の数々は、話すことのできない彼女にはひどい行いだ。
『きにしないでください。しらないのだからとうぜんのことですから。』
そうして微笑んだ。
それに一同は安心したのだったが、役一名は違った。
「あーもう!!なにいってんのかさっぱりわかんねぇ!!俺にもわかるように話せっつーの!」
ゆっくり動かしているとはいえ、口の動きだけで言葉を認識するのは難しい。
他の者達にはかろうじて通じているが、ルークにはさっぱり分からなかったようだ。
分かっているのはという名前と彼女がしゃべれないことだけ。
そのあとがなんといったのかまったく理解できなかった。
一人だけ分からなくて置いてけぼりを食らって。
ルークの機嫌は最高潮に悪かった。
「おいおい無茶なこというなよ・・彼女に当たってもしょうがないだろう?」
ガイがなんとか落ち着かせようとするがなかなか機嫌はよくならない。
というのも、この旅はアクゼリュスの救援へ向かうためのもので。
それは親善大使となったルーク中心で動くはずなのに、散々彼の意見は無視されてきた。
なんだかんだと重要なことは一切話してもらえなくて、結局最終的にはジェイドが判断を下してきたのだ。
それをルークが許せるはずもなく、今までは何とか我慢してきたそれもいい加減に爆発しかけていた。
「「「はぁ・・・」」」
あれやこれやとなんとか彼をおさめているガイとルークのやり取りを横目に見つつ、彼等に聞こえない程度の小さな声で一同はため息をついた。
まったくいい加減にして欲しいというのが彼等の素直な気持ちだった。
今までもわがままなところは多々あった。
けれど親善大使となってからはそれがいっそう強くなって、正直耐え難かった。
特にアニスやジェイドは彼にはとことん嫌気が差してきている。
今はガイやイオンのフォローが入っているためになんとか抑えてはいるが、爆発しそうなのはむしろこちらの方だった。
カリカリカリ・・
それぞれがおのおのの考えにふけっていると、突如そんな音が聞こえてきた。
何かと思って音の発生源を見ると、が手じかにあった木の棒で地面を引っかいていた。
『こうすればあなたにもわかりますか?』
かわいらしい字でそう刻まれた地面。
これなら誰だってわかるし、字を書くほうが話はテンポよくすすむだろう。
「あ、あぁ」
まさか本当に彼女が自分にも分かるようにするとは思わなくて、少々戸惑いつつもなんとかそう返事を返した。
それにはうれしそうに笑った。
「おやおや・・・のほうがルークよりよっぽどか大人なようですねぇ。」
イヤミったらしくジェイドがいうのを、すかさずイオンが止める。
「ジェイド!彼女の前で喧嘩はやめてください」
喧嘩ではないんですけどねぇといいつつもそれ以上憎まれ口をたたくことはなかった。
一応に気を使ってはいるようだ。
「ちゃん家はどこなの?」
いい加減に脱線しすぎな話をティアが戻した。
先ほど魔物を倒したとはいえ、まだまだ魔物はたくさんいるのだ。
ここでのんびりしているとまた襲撃されないとも限らない。
早いところ彼女を家まで送り届けたいと思うのは当然のことだった。
『アクゼリュス』
「アクゼリュス?まぁそれならわたくしたちも向かいますから、一緒に参りましょう。」
『いっしょにいっていいんですか?』
「もちろんだよ!アニスちゃんたちがばっちり守ってあげるからね!!」
おずおずという感じで尋ねただったが、アニスの言葉や皆の笑顔に彼女もうれしそうに笑った。
「ミュウもさんを守ですの!」
ピョコンと道具袋の中から顔を出したのは一匹のチーグルだった。
戦闘中はなにかと危険だということで、彼はイオンの腕の中か道具袋の中にいることが多かった。
そのぶん移動中はルークにへばりついてまったく離れない。
ご主人様大好きっこである。
『チーグル・・・?』
「はいですの。ミュウはチーグル族ですの。よろしくですの〜。」
『よろしくね、ミュウ。』
道具袋にずっぽり入っているミュウを引っこ抜くと、彼と握手をしたり、頭を撫でたり、終いにはギュッと抱きしめたりした。
「かわいい・・・」
二人(?)が戯れてる姿は微笑ましくて、ティアでなくてもほわーんとしてきそうだった。
「はいはい、ミュウと遊ぶのはその辺にしておいてくださいね。先を急ぎましょう。」
パンパンッと手を軽くたたいていうジェイドにの口パクでの返事が続いた。
「っとちゃん。これ君のだろ?」
立ち上がってさぁ出発するか、というときにガイが一つのぬいぐるみを差し出した。
それは戦闘中に彼女が落としてしまったもので、終わったときにガイが拾っておいてくれたらしい。
『ありがとうございます』
ポンポンと軽く汚れを払ってギュッと抱きしめる。
大切なものだから、絶対になくしてはいけないのに。
彼等の存在に少しの間忘れてしまっていたは、次からは気をつけなきゃと心に刻み付けた。
大切な、大切なものなんです。
本当の私に必要なものだから・・・・
