こんな・・・ことって・・・



ザシュッ、ザシュッ・・・



人がこの地からいなくなる
人が人でなくなり、人をただの肉片へと変える。
すさまじい血肉の臭いがこの場所にどこまでも不釣合いだった。








第十一話











あの平穏はもう望めないのかと思うと、無性に心が痛かった。
けれどそう嘆く間にもまた一人、その命を散らしていった。


充満した死臭は、染み付いてもうとれそうに無かった。
の鼻もとっくに麻痺していて、痛みばかりが感じられた。







突然攻め込んできたあの人たちは、たくさんの命を奪い取った。
頼もしくこの場所を守ってくれていた兵士たち。
楽しそうに笑いながら面倒を見てくれたメイドたち。
国のためと知恵を絞って必死に政をしていた重臣たち。
みんな、みんないなくなってしまった。
今はまだ無事な者達も、いずれこの惨状に飲み込まれていくのだろう。






近づいてくる騒がしい足音。
それは味方のもの・・?
それとも・・・・あの人たちの・・?








最初に見えたのは足だった。
閉じられた扉を強く蹴り、無理やりこじ開けたその足。
そこには赤がたっぷりとしみこんでいた。
それが自分の知る人達のものなのだろうと思うと、どうしようもない恐怖に見舞われた。



私もあんなふうになってしまうのだろうか。


怖い、怖い・・・怖いよ、嫌だよ・・・・・




へたりと座り込んで動かない足。
どれだけ動かそうと思っても、地に張り付いてはなれてはくれなかった。
それとは逆に体中には震えがはしり、止まることがなかった。



にやりと唇の端を引き上げたその人は、同時にその手も振り上げた。
手には赤く染まった剣を握り締めていた。




「―――っ・・・」



ザシュッ・・・



怖くなって目を閉じたそのときに、響いたのは鈍い肉を絶つ音。
けれど、の体に痛みは走らなかった。




、無事か!?」




大好きな人の声が聞こえて恐る恐る目を開くと、そこには剣を握り締めた父の姿があった。
空いている方の手を使ってを抱きしめると、彼は安堵の息を吐いた。



抱きしめてくれる父親に、体の震えが収まった。
けれどその足元にあの恐ろしい男の姿が転がっているのを見ると、どうにも心が休まることは無かった。




が無事で良かったわ・・・」



壊された扉から入ってきた母は、父とは違い両手でを抱きしめた。
いつもはふんわりと優しく甘い香りのする母だったけれど、今はそんなものはかけらも残っていなかった。
それでも大切な人たちがまだ無事だったというその事実に、は彼らと同じようにほっとしたのだった。
その温かさは、まだ消えてはいないのだということがうれしかった。



スッとから離れた二人は、互いにそっと相手を見やった。
そして微かに、それでいてしっかりとうなずいた。




、あなたは私と一緒にここから離れましょう。」
「お母様と一緒に・・・?でもお父様は・・・?」
「わたしはここに残らねばならない。・・心配するな、この場所をあいつ等から守るだけだ。」



心細そうに父を見つめると、彼はの頭を軽くポンポンとたたいて私たちを送り出した。
いつもと同じその動作なのに、どこか違和感を覚えた。
けれど母にそっと掴まれた手が、それ以上考えることを許してはくれなかった。



「急がなくては、またあいつらに見つかってしまうわ」




手を引かれて、自身初めて見る隠し通路を足早に歩いた。
追ってのことを考えて明かりをつけられないその通路は、漆黒とまではいかないけれど自分の数メートル先が見える程度だった。


下手をすればはぐれてしまいそうで、怖くて母の手を強く握ると、優しく握り返された。
微かに震えるその手を、私は何も言わずただ静かに握り締めた。






















***















暗く長い通路を抜けた先に、一つの扉があった。
一見行き止まりのように見えるその壁は、母が触れると重厚な音を立ててゆっくりと開いた。



中には大きなベットが一つあるだけだった。
四方の壁に埋め込まれたフォニムの結晶が、淡く光っているのがなんとも幻想的だった。

その光を見ていると、なぜだか父のことが気にかかった。




戦う為に、守るために残った彼は、まだ無事なのだろうか。


ふとそんな疑問が浮かんでくる。
けれどその答えはもうとっくに出ているのかもしれない。


隠し通路へと続く扉が閉まる直前、たくさんの足音が近づいているのが聞こえたのだ。
王を、王妃を、娘を探せ。
そう叫んで城中を走り回る人達の声と足音が聞こえた。




きっとあの後たくさんの人がこの国の王を見つけたに違いない。
父は、あの場を動く気は無かったように思えるのだから。
私たちを守るために、彼はあそこで戦い続けるのだ。
そしてその命を散らすのだろう。







あれが、最後の別れだったんだ。
だからあんなにも名残惜しそうにしていたのだ。父も、母も。そして私も。


どこかで感じていたんだ。分かっていたのかも知れない。
だけど、認めたくなかった。
強くて優しい父が、もういなくなってしまうだなんて、認めたくなかったんだ。




ぽろぽろと涙があふれてきた。
泣いては駄目。お母様も苦しいのに我慢しているのだから、泣いては駄目!
そう自分に言い聞かせて、何とか止めようとするけれど、流れる滴は頬を伝うばかりだった。


声を上げずに涙を流し続けるだったが、手から離れたぬくもりに母の方へと向き直った。





、あなたは生き残るのですよ?」




の涙をぬぐうと、彼女は一つの詠唱を始めた。
初めて聞いたものだった。
だけど、部屋中の結晶が同時に光り輝きだしたのを見て、私はいやな予感がした。
まるで共鳴しているような、そんな輝きだった。
実際それは結晶と共鳴させていたのだろう。
そうでもしなければ、使えない譜術だったのだから。




「お母様!!」



声を張り上げるけれど、母はただ悲しそうに微笑んで詠唱を唱え続けた。




カッ!!
部屋中の結晶が今まで以上に強く光を発して、思わず目を閉じる。
それと同時にの意識がうっすらとしてくるのを感じた。




「おかあさま・・・?」



何をしたのですかと聞きたかったけれど、もう声を発する気力も残っていなかった。
深く意識が沈んでいくには、最後に母の残した言葉が微かに聞こえるだけだった。





「眠りなさい、全てを繋ぎし乙女よ。あなたの役目が訪れるそのときまで・・・・」








どさっと軽い音を立てて倒れたをベットに寝かせると、そのまま彼女はすぅっと消えてしまった。
まるで最初からこの場に彼女の存在など無かったかのように消えてなくなってしまった。












眠りなさい、安らかに。
どうか今だけでも・・・・・・・・