この広い世界に、一人ぼっちになったのだと思っていた。
第十三話
「・・・なんだよな・・?」
きっとそうだろうという思いはあったけれど、いまいち確信がもてなくて、今度は彼女に問いかけた。
「えぇ。ルークとティアのおかげで、こうして自分の体で動き回れるようになったわ」
「自分の体・・ってどういうことなの?さっきまで私たちといた貴方はもっと小さかったけれど、それも何か関係があるの・・?」
ティアの質問に、彼女は一つの質問を返した。
「12年前までこのオールドランドにもう一つ小さな国があったことは知ってる?」
「えぇ・・確かシルフィニア国・・だったかしら。どこの国とも国交はあまり無かったらしいけど、それなりに栄えていたと聞いたことがあるわ。
あとは予言に頼らない国だった、ということくらいかしら。」
「あ、俺もそれくらいは知ってる。ある日突然滅亡しちまった国だよな?あれって結局なんでそうなったのかよくわかってないって聞いたぜ。」
「全て燃えてしまったから、あの時何があったのかどこの国も調べられなかったと聞いたわ。
建物も、遺体も、全て焼けてしまって・・・わずかに残ったものではその原因を探ることもできなかったって・・・」
焼けてしまった。
その言葉に私の目頭が熱くなるのを感じだ。
予想していなかったわけでもない。
あの人たちにとってシルフィニア国を滅ぼした、ということは決してプラスになることばかりではないから。
だから何とかして証拠を消そうとするだろうということは分かっていたし、その覚悟もしていた。
けれど、こうして改めてその末路を聞いてしまうと、どうしても心が悲鳴をあげてしまう。
燃やしてしまえば確かに手っ取り早いけれど、それでもそんな遺体をさらに傷つけるまねをしては欲しくなかった。
泣きたくなってくる。
だけど、そうするわけにはいかない。
二人に説明しなければ。
なくした者達ではなく、今を生きている彼らに全てを話す必要があるのだ。
ギュッと手を握りしめて、なんとか涙を引っ込める。
私は全てを語るために口を開いた。
「私はその国の第一皇女でした。」
「あの日は、本当に悲惨で、すさまじい日だったわ」
大軍であの人たちが攻めてきて、小国のシルフィニア国では太刀打ちできなかった。
あっという間に城内まで攻め込んできた彼らは、手当たり次第に斬りつけ、皆殺しにした。
皇女のと王妃の母親だけはなんとか城内の隠し通路からこの部屋へと逃れた。
「お母様は私にある譜術をかけた。それは自分の命と引き換えに、人を特定のときまで安全に眠らせておくというものだったの」
「命と引き換え・・?それじゃぁ王妃様は・・・」
「・・チリも残さず、この世界からいなくなってしまったんだと思うわ。」
何にも残っていない・・?
確かに、そう思えば納得できる。
命を使ったものなら、この場所に遺体が残っているというのが普通だ。
けれど、ここにはそんなもの存在していない。
ならば、なんとか助かったのか、それとも遺体ものこさずに消えてしまったのか。
そのどちらかしか考えられなかった。
「なぜだかは分からないけれど、3年くらい前に私は意識だけこの譜術の影響下から抜け出したの。
もちろん体は動かないから、どうすることも出来なかったわ。」
国や、人々がどうなったのか知りたかったけれど、そのすべがなくて、ただ日々を横になったまま過ごすしかなかった。
そんなある日、ふと一つの可能性に思い当たったのだという。
この部屋の結晶の力と、言霊士としての力を使えば動き回れるかも知れないということに。
「フォニムで入れ物になるものを作ってみたのだけど、いざ意識をその中にもぐりこませようとするとうまくいかなくって・・・
仕方ないからそのぬいぐるみの中に入り込んでいたの。」
当初はフォニムで人型を模した人形のようなものを作り、その中に意識体を突っ込もうとしたらしい。
が、所詮ただの人形。ハリボテのようなもので、表面こそ人と変わらなかったけれど中身はすっかすかだったらしい。
結局意識体をとどめておくことが出来ず断念。
変わりに近くにあったあのぬいぐるみの譜業部分に入り込んでいたらしい。
譜術と譜業の力を合わせて作られたそれは、ただのハリボテよりも意識を繋ぎとめるのが楽だったとか・・・・
「なんつーか・・・って結構無茶苦茶だよな・・・」
俺がポツリとそんなことを漏らすと、ティアもこっそり頷いていた。
普通意識体で出歩こうとかおもわないから。
フォニムで人形を作ろうとしたこと事態突飛なことなのに、さらにその中に入ろうとするだなんて。
しかも駄目だったからといってぬいぐるみの譜業を使うか?!
なんつーかいろいろすごすぎて俺には理解できねぇ・・・・
「もともとこのベットには目には見えない結界みたいなのがあったんだけど・・ルークが壊したあれね。
あれもだいぶ長い時間たってたから結構もろくって。意識だけならするっと抜け出せちゃったのよ。
それでまぁここから抜け出して、情報集めながら町から町へふらふらーっとしてたの」
俺の言葉が聞こえてるのか聞こえてないのか(たぶん聞こえてたんだろうけど)さらーっと無視してそう続けた。
俺たちに会ったのもそんなときだったといった。
「でもなんで5歳くらいだったんだ?」
「ただ単にフォニムが足りなかったからってだけよ。
ぬいぐるみ持ち歩いてても不自然じゃなかったって点ではあのくらいで丁度よかったのかもしれないけどね。」
あっけらかんと言い放つに思わず俺たちのほうが脱力したくなる。
いくらなんでもすごすぎる・・・
俺の17・・じゃなくて7年間もなかなか体験できることじゃないと思っていたけれど、上には上がいた。
のような体験するのはもう彼女しかいない。
これだけは断言できるし、そんなにいっぱいこんなことしでかす人がいても正直嫌だ。
まるで他人事のようにいうだったけれど、その手はずっと硬く握り締められたままだった。
握り締め続けたその手は、痛々しいほど青白くなっていた。
辛くないはずなんてない。
不幸を比べることなんてできなし、しちゃいけないけれど、の辛さは壮絶なものだと思えた。
ティアが何も言わずへと近寄って、その手を開かせた。
ビクッと肩を揺らしただったけれど、すぐになんでもないような顔をみせた。
・・その手からうっすらと血がにじんでいたというのに。
「ファーストエイド」
ティアが唱えたその治癒術は優しい光での手を包み込んだ。
その光が消えたとき、そこに傷など跡形もなかった。
「俺さ、すっげー嫌だったことがあるんだ。」
「記憶喪失だと思っていたときさ、昔はできたのになんで出来ないんだ、とか言われるのがものすごく嫌で仕方がなかったんだ。」
突然話始めた俺を、最初は二人とも不思議そうに見たけれど、ティアはすぐに俺の言いたいことがわかったようだ。
何も言わずただの手を優しく包み込んだまま俺の話を聞いていた。
「空白の時間がすっごく辛くて、痛かった。俺だけしらないそれが、苦しくてたまらなかったんだ。」
「同じだ、とはいわないけど・・・もそんな思いしてるんじゃないか?」
「!!!」
驚いたように目を見開いた。
それはやっぱり図星だったからだろうか。
微かに目が潤んでくるのが見えて、彼女はそれを我慢しようとまた手を握り締めようとする。
けれど、ティアの手がそこにあることを思い出して、あわてて開いた。
「泣かないっことってさ、すごく強いように思えるけど・・・本当はそうじゃないのかなって、思うんだ。
俺、アクゼリュスのこととか、レプリカだったこと知ったりとか、いろいろあって・・
すっげー辛くって、苦しかったけど、泣けなかった。泣きたくっても俺にはそんな場所なくって、それが余計に苦しくて・・・
もうどうしたらいいのかわかんなくなった。皆に見捨てられて当然なのに、それでも悲しかったんだ。」
「ティアとがユリアシティにいてくれて、本当にうれしかったんだ。「別にあなたの為に残ったわけではないわ」
・・・ってことはわかってるけどさ。それでもうれしかった。見ていてくれるって言ってくれて、すごく安心した。」
「私何にもしてないよ・・?ただいただけ。辛いこと全部ティアとルークに任せて、私は見ていただけだった・・」
何もしてないって、はいったけど、俺にはそうは思えなかった。
確かにティアのように直接おれに厳しく言って悪いところを気づかせてくれるわけじゃない。
母上たちのように甘やかすわけでもない。
ただ側にいて、俺が困ったときに問いかける。
それって、簡単なように見えて難しいことだなって、思うんだ。
答えをあげるほうがずっと楽だし、いいことした気分に浸れるし。
だけど、それじゃぁ駄目って分かってるから。
だから絶対そうはしないんだ。
ちゃんと考えて、俺の為になることをしてくれている。
それは分かりにくいかもしれない。
だけど、確かに感じられる優しさ。
思い出せば思い出すほど、彼女の何気ない心遣いが見えてくる。
あぁ俺はやっぱり何も見えちゃいなかった。
悔しい。
ティアの優しさもの優しさも見えていなかった俺が悔しい。
情けなさ過ぎて、涙がでてきそうだ。
「は、ちゃんと俺の為になることしてくれてた。前は全然気づかなかったけれど、今は少しはわかる気がするんだ。
だれとも違う方法で、俺のこと支えてくれてた。お、俺が・・・ば・ばかだから 結局あんなことに、なっちゃったけどさ・・」
ぼたぼたとあふれてくる涙が頬を伝って地面にしみこむ。
途切れ途切れになる言葉を必死につなげようとするけれど、喉が、目が、心が無性に痛くて、結局ぼろぼろと泣き出した。
「ルーク・・・」
「だ、けど 俺 や、 ティアが いてくれたから・・だからまた 歩きだそうって、思え たんだぜ・・?」
ポタ、ポタ、
滴が落ちる音が、増えた。
「私、ずっと眠ってて、気づいたらもう何年もたってた・・。側には誰もいなくて、時間も たくさん進んでた。
私だけ 置いてけぼりに されたみたいに思えて、 苦しくて・・」
「だけど 誰にも言えなくって、 私 ずっと、ずっと・・・・・・」
盛大に泣き出したをティアはふんわりと包み込んだ。
言葉は何もなかった。
だけど、もうそんなもの必要なかったのだ。
全てを吐き出した安心感と、その雰囲気と、温かい心に癒されて、二人は思う存分泣いた。
涙が引っ込んで、その目の腫れが収まったとき、彼女たちは止めていた歩みを再開する。
辛い道を、歩き続ける覚悟を決めて、もう一度歩き出した。
「ありがとう・・」
ポツリとつぶやいたその声が二人に届いたかは分からなかったけれど、
ちょっとだけ赤くなったその耳が、何よりの証だったのかもしれない。
この広い世界に、一人ぼっちになったのだと思っていた。
だけどそうではありませんでした。
私もあなたも・・・みんな一人なんかじゃなかったよ
