第十六話
「もーイオン様たちはどこにいるのぉー?!」
疲れたーと声を上げたのはアニスだった。
建物の中をひたすら探し回るのはなかなかに骨が折れ、アニスが思わず不満を漏らすのは仕方の無いことだった。
ただでさえややこしいつくりをしているこの建物は、ところどころ柵が置かれていてさらに通れる道が少なくなっていた。
しかも当然のことながら兵士たちに見つからないように隠れながら進まなくてはならない。
通常よりも遠回りをし、なおかつ一部屋一部屋確認しながら進むというのはなかなかに大変なことだった。
「アニース、いくら疲れたからといって、そのように大きな声を出してしまっては見つかってしまいますよ?」
「でもぉ、ここの兵士ってようは扉の前でひたすら待機してるだけでしょ?多少声が聞こえたって持ち場を離れてきませんよぉー」
「ま、まぁそうなんだけどさ、一応少しでも危険要素は減らしておいた方がいいだろ?」
実際かなり危ういときもあったが、持ち場を離れない彼らの任務至上主義さ加減のおかげで何回か見つからずにすんでいる。
そのせいでガイもあまり強く注意することはできなかった。
「それはそうだけど、でも結局あの人たちドラで操作できるじゃん?」
「確かにね。それに変な時間に何度も何度も鳴ってるのに不審に思わないのってかなり問題だよね・・・」
「ドラの音を不審に思う人は本当に少ないですからねぇ。
こちらとしてはやりやすいですが、これではあまり兵士が立っている意味がありませんねぇ。」
「こ、これは・・そう、皆ドラは召集の合図だっていうのが染み付いているだけなのよ!
だから別に兵士たちが間抜けなわけじゃないのよ?」
こんなので神託の盾騎士団は大丈夫なのか?と思わずつぶやくと、ティアはあわててフォローを入れた。
が、あまりフォローになっていない。
ここまで不自然で、それでもまったく不審に思わないというのはかなり平和ボケしている証だ。
普段から扉の守護ばかりしている兵士たちは、外での任務のものよりもやはりそういう危機感は薄いんだろう。
「っていうかまずドラをこんなところに堂々と放置しておくのがまずいんじゃ・・・?」
「「「「・・・・・」」」」
「・・・・そこはつっこんじゃだめなんだって、きっと。」
「そうだな、きっと突っ込んじゃ駄目なんだよ。」
「そうそう、かるーくスルーしなきゃ駄目なんだよ」
いろいろとオラクルのこれからが不安になるものの、一行は確実に奥の方まで進んでいった。
***
「イオン!ナタリア!無事か?」
扉の前にいた兵士を切り捨てて中に入ると、そこには探していた二人の姿があった。
どうやら手荒なまねはされていなかったらしく、怪我もなかった。
真っ先に駆け寄ってきたナタリアは、髪が短くなったルークを見て一瞬立ち止まった。
「・・・ルーク、ですわよね?」
「アッシュじゃなくて悪かったな」
ルークの返した言葉にナタリアは不満げに「そんなことは言っていませんわ!」と声を上げた。
そんなナタリアとルークのやり取りを見つつ、イオンは腰掛けていたソファから立ち上がってこちらに近づいてきた。
彼の話を聞く限り、ヴァンがこの軟禁にかかわっているかどうかは分からなかった。
だが、六神将が接触を図っていたことを考えると、そのうちイオンを連れ出すつもりだったのかもしれない。
「さっさと逃げちまおうぜ」
ガイが声をかけると皆それに反応して外へと逃げようとし始める。
「まぁ、あなたは・・?」
が、ここでもやはりの存在を不思議がる声が上がってしまう。
相手からすれば初対面なのだから仕方がないのだが、毎回毎回これではいい加減に説明もめんどくさくなってくる。
「あーもー・・それは後回し!今は早くここから逃げようぜ!」
頭をガシガシかきながらいうルークの言葉に、今度こそ足を動かし始めた。
***
しばらく走っているとあまり体力のないイオンが少しずつ遅れるようになってきた。
散々いろんなところを彷徨ったおかげで、帰りは最短ルートを通れたのだがそれでもそこそこ距離がある。
全力疾走とまではいかなくても長い距離を走り続けているのだから戦闘要員ではないイオンにはかなり酷だったのだ。
「イオン、あとちょっとだから頑張って!」
今にもおいていかれそうなイオンの手を引きながら声をかけると、彼は驚いたように目を見開いた。
そして何かを言おうとして口を開いたが、何も言わずに閉ざした。
言葉のかわりにギュッと握られた手が、彼の気持ちを代弁しているかのようだった。
はそれに答えるように、自分も彼の手を握り締め返した。
言葉は何もなった。
けれど、そこには確かに伝わる思いがあった。
は何も言わず手を引いたまま走り続けた。
彼女の後ろには確かについてくる足音があって、
その手にはつながりを示す温かさがあった。
後ろは振り返らなかった。
ただ前を走るルークたちを追いかけて、走り続けた。
イオンは何も言わず手を引かれたまま走り続けた。
彼の前には手を引くの姿があった。
その手にはあの時と同じ温かさがあった。
あのとき確かに繋いだあの小さな手。
以前は僕が手を差し出す側だった。
小さな小さな少女は、その年にしてはしっかりしすぎていた。
差し出された手に戸惑いを見せて、だけど最後はちゃんとその手を掴んでくれた。
数日。
共にいられた時間は短くて、それでも彼女に手を差し出し続けられたのは
彼女が必ず掴んでくれると知っていたからだった。
短い時間で分かったことはほとんど無くて、それでも共にいたいと思えたのは
その手のぬくもりがとても心地よかったから。
あのときは僕とアニスが手を引く側でした。
だけど今は僕が手を引かれる側になってしいました。
それはどこか悲しくて、寂しいけれど
変わらない温かさに安心感を覚えた。
僕の小さな世界にあっさりと入ってきた少女。
姿形はかわっても、それでもその心は変わっていなかった。
ちらりと前方を見ると、アニスがこっそりこちらを見ているのに気がついた。
彼女は僕と目があうと、にっこりと笑った。
それは僕の考えが当たっていると、そう言ってくれているようだった。
走る、走る。
世界の為に僕等は走った。
自分の為にひたすら走った。
前にはたくさんの仲間がいた。
大切なことをいえないでいる僕を、それでも受け入れてくれる人たちがいる。
たくさんの大きな背中を僕は後ろから追いかけた。
自然と笑みがこぼれた。
もう戻れないと思っていた時間。
あの時とまったく同じではないけれど
たしかにそこには僕の求めていた陽だまりがあった。
