目を覚まして最初に見えたのは、何処までも広がる泥の海だった。







第六話







「ここは…くりふぉと…?」



知ってはいたのだ。
あの場所が、空に浮かんでいる大地だということは。
元々大地があったここが瘴気に侵されたために空へと打ち上げた。


知ってはいた。
だけどここまで魔界が酷い状況だったことに驚きが隠せなかった。



「ルークたちはどうなったんだろう…?」



町の人々が助かっているとは思えない。
だけど…ティアの譜歌がある彼等なら、もしかしたら無事かもしれないと思ったのだ。



「探さなきゃ…」



でもどうやって…?


ここに陸地などありはしない。
所々に小さな浮島があるが、いつ沈むかもわからないほど不安定だ。
アクゼリュスの破片が浮いているだけなのだから仕方がないことではあるが、移動手段がなくてはどうすることも出来ない。
いくら今の私でも、この泥の海に沈めばひとたまりもない。


探すどころか、私は全く身動きが取れなかった。
下手に動けば、この場所も沈んでしまいかねない。
何もできず、はただギュッとテディベアを抱きしめた。





どのくらいそうしていたんだろうか。
少し離れたところから機械音が聞こえてきた。
それは徐々にこちらに近づいて来るようで、しばらくするとその姿も見えるようになった。
この何も無い海上に、ポツリと浮かぶ一隻の船。



「せんかん・・?」



魔界にあのようなものがあるのだろうか。
ここではあまり必要としなさそうだというのに。
移動したところで、ここにあるのはユリアシティくらいなものなのだから。



「〜・・!!」



ふと、甲板から声が聞こえてきた。
こちらを見て、誰かが声を張り上げている。
どことなく聞き覚えのあるそれに、はほっと一息ついた。


アニスだ。
甲板の手すりから身を乗り出すようにして手を振る彼女の姿に思わず笑みが浮かぶ。
その隣には、他にも数人の人影があった。


無事・・だったんだ・・


ティアの譜歌があったとしても発動が少しでも遅れたりすれば駄目だし、そうでなくても彼女の近くにいなければ効果が得らない。
あの時、ティアとジェイドは一緒だったけれど、他の皆と合流していたのかは分からなかったから。
だから不安だったのだ。
助かる確率の方がとても低いのだから。



ー!!」



大きくなったトクナガにガシッと掴まれ、そのまま甲板へと引き上げられた。



「よかった・・無事だったのですね。」
「うん。わたしはなんとかたすかったんだ。でもほかのひとたちは・・」
「・・こっちも助かったのは俺たちだけだ。街の人たちは皆・・・」



やっぱり助からなかったのか。
予想していたこととはいえ、正直辛かった。


アクゼリュスはよく訪れていた場所だから、知り合いの人がたくさんいた。
皆優しくて、あったかかった。
私が旅の途中でこの街によると、いつも温かく迎えてくれた。
子供の一人旅を彼等なりに応援してくれて、物資を分けてくれることもあった。
いつでもここに来いと、アクゼリュスを故郷と思えと言ってくれた人たち。
舞を舞えば、彼等は喜んでくれた。
舞姫の誕生だなって笑ってくれたアノ人たちは、もういない・・・



・・すみません・・。僕が封呪をといてしまったばかりに、こんなことになってしまって・・・」



うつむいて、彼等のことを思い出しているとイオンが申し訳なさそうに言ってきた。
ヴァンとルークに頼まれたからとはいえ、迂闊に解除するべきではなかったのだと後悔しているのだ。



「イオン様のせいじゃありません!!悪いのは・・主席総長とルークじゃないですか!!」



アニスがすかさず声を張り上げる。
確かに、直接手を下したのはルークだ。
そして、彼を操っていたのはヴァン。
悪いのは彼等だと、そう言ってしまいたくなるアニスの気持ちもよくわかった。
話を聞けば、ルークは自分は悪くないと主張し続けたのだという。
それでは、今までどちらかというとルークの味方側だったガイたちでさえも、見捨ててしまいたくなるのもうなずける。



けれど、本当にそれでいいのだろうか。


確かにルークのやったことは許されることではない。
アクゼリュスが崩壊して、たくさんの人たちが亡くなった。
アクゼリュスに身内が住んでいた人々もいるだろう。
親しい人を亡くし、嘆いている人。
突然訪れた死に、抵抗するまもなく旅立っていってしまった人たち。
その原因はルークの起こした超振動で、彼の責任は大きい。


だけど、だからといって彼一人に全ての罪を擦り付けてしまっていいのだろうか。


ヴァンに操られていた彼も、ある意味では被害者なのではないだろうか。
直接自分がたくさんの人の命を奪った。
その事実を望んでもいないのに背負わされて、仲間に責められて。
そしてこれからも真実を知った人々に散々罵詈雑言を浴びせられるのだろう。

だからといって彼がまったく悪くないというわけではない。
誰かに、相談するべきだったのだ。
仲間内で話し合って、どうするのか決めるべきだったのだ。


そうしなかったのは、そうできなかったのは、パーティーメンバー間での信頼関係がきちんと生まれていなかったから。
相談しろといったって、信じられない人にそんなことできない。
親しくない人に、いきなり深いことを相談されても困るだけ。


今まで散々わがままにやってきたルークに、皆がいい印象を持つはずも無く。
質問しても散々はぐらかされてきた彼が、皆にいい印象を持つはずも無かった。




無知であることは罪。
知らなさ過ぎるルーク。
環境のせいもあったけれど、知識に対して無頓着すぎた。
散々甘やかされてきた彼は、自分が望むものを大抵手に入れてきて。
その横柄な態度で質問されても、説明する気はなくなってくる。



知ろうとすることを、邪魔するのも罪だ。
ルークが尋ねたことは、彼に関係が無いものではなかった。
むしろ、彼自身にとても深くかかわってくるもの・・・
それを、話したくないからと、何も教えようとはしなかった彼等も、また罪人ではないのか。


知らなかったルーク。
態度は悪かったけれど少しずつ知ろうとはしていた。
それがたとえ人任せだったとしても、それでも知識を得ようとはしていたのだ。
それを止めたのは同行者たち。
全てをとはいわない。
だけど、少しだけでもその答えを彼に与えていたのなら、もう少し違う結果になったのではないだろうか。


あそこまで、ヴァンに心酔することもなかったかもしれない。




「でも、すべてはおわってしまったこと・・・」
「・・??どうかしたの?」

「・・ううん・・なんでもない。」



ティアたちは不思議そうな表情をしていたけれど、アクゼリュスの人たちを思い出しているのかと思ったのか。
彼女たちは気を利かせて甲板から船室へと入っていった。



「たいせつなのは・・これからどうするか・・だね。」




遠くに見える光の柱を見つめながらが言った言葉。
それは誰の耳に届くことも無く、この広い魔界に吸い込まれていった。


私はあなたの味方になりましょう。
たとえ世界の全ての人が敵にまわったとしても、私はあなたを見捨てない。
あなたなら、きっと変われるって信じてるから。
私も・・私にできる精一杯のことをするから・・
だから、どうか立ち止まってしまわないで。
どうか、歩き続けて・・・