我慢の後の幸せ







 窓から心地良く日が差し込んでいた。
その日差しは心地良い温もりで、どうもボーとしてしまうような空と太陽だった。
ここは神託の騎士団、第五師団長の部屋。
窓が軽く開かれていて、日差しが差し込む。
その傍に机があり、1人の少年が書類のような紙類とにらめっこしていた。

「シンクーシンクー。」

その傍にいる少女は少年の名を呼ぶ。
もちろん、彼は書類に集中しているから振り向こうともしない。

……………………。

沈黙。
部屋の中は少女が動く音と、書類を揺さぶる紙の音とそれと流れるペンの音が響いた。
時々、外から鳥達の鳴き声がした。

「シンク、つまらないよ…。」

少女―がボソッと呟く。
小さい呟きだったが、聞えて欲しいのかチラッと少年―シンクを見る。
相変わらずシンクは振り向こうともしなかった。

「折角の休日なのにな……。」

小さい呟きは風のようにかき消された。
シンクは手を止めずに何枚も何枚も書類を片付けていく。
手伝えばいいと思うが、邪魔をしてしまう気がする。
はシンクのベッドに身を捧げ、ゴロゴロと身を動かしたり、ボーとしていたりを繰り返していた。
再びチラッとシンクを見るが、相変わらず書類の整理。
ますますは退屈な時間へと引き摺り込まれた。






 しばらくして数時間が経った。
はずっとシンクのベッドに転がっていたり、ボーッとしたりその繰り返し。
もちろん、シンクも相変わらず書類に打ち込んでいる。
ふと、は思った。

「(…お腹空いた……。)」

時計を見ればちょうど正午を過ぎており、お昼の時間だった。
シンクはそれにも気を止めず、書類の山を片付けていく。

「(…シンクはお腹空かないのかな……。)」

どれほどの集中力があるんだろうと思いつつ、はベッドから体を起こし、シンクの様子を軽く見てから部屋を出た。
もちろん、ただ出て行ったわけではなかった。
その様子を視界に感じたシンクは一瞬、の背中を見送った。

「(どうせ…つまらなくて出て行ったのさ…。)」

1人で心の中でそう思った。
どこか寂しいような、つまらないような気持ちが滲んだ事は心に隠し、物静かな部屋の中で再び書類に目を通し始めた。







 「…よし。」

はシンクの部屋を出て、真直ぐ自分の部屋に向った。
もちろん、全速力で。
部屋に着くとキッチンへと足を運び、冷蔵庫の中を確認する。
そこから食材を取り、キッチンのテーブルに並べる。

「さて、料理開始!」

服の袖を捲り上げ、エプロンをつけては気合を入れて料理を始めた。
は料理が不得意ではない。
むしろ、得意と言った方がいいだろうか。
シンクの下に働き、数ヶ月過ぎたかが決して料理は悪くなかった。
同じ第五師団兵にも好評で、外出任務にはが中心に料理を作っていた。
本人は得意という実感は無いが嫌いではない。

「…こうして…と…。よし、出来た!」

料理作りもスムーズに進み、出来上がったのはパスタだった。
ミートソースで作ったパスタが、ほんのり良い香りがする。
はそれをラップをかけ、トレーに乗せて部屋を出た。

「…シンク、どう思うかな……?」

トレーには2つのパスタが入っている皿があり、フォークが添えられている。
は早歩きしながらシンクの部屋へと向った。







 ガチャ、と器用にドアを開け、シンクの部屋に乱入では無いが入室する。
一瞬シンクの仮面の先がこっちに向いた気がするが、ほんの一瞬だ。
シンクはすぐ書類に目を通していた。
少し溜め息吐きながら、はテーブルにパスタを置き、シンク用のパスタを持った。
そのままシンクの傍に寄り、テーブルの上に…シンク目の前に置いた。

「…お昼だよ。お腹空いていたら食べて…。」

小さく呟いて、は自分のパスタを置いたテーブルに座った。
傍にソファがあるので、そこに腰をかけ1人パスタを食べ始めた。
は決してシンクに振り向かなかったが、シンクが僅かに微笑んだのは誰も知らなかった。

しばらくして、カチャと陶器の音が聞こえた。
後ろから聞えた、ということはおそらく、シンクが食べているのであろう。

「(…食べてる……?)」

よく聞くと、フォークでパスタを蒔く音も僅かに聞こえる。
は少し嬉しくなり、自分で作ったパスタの味が美味しく感じた。




「(…温かい……。)」

シンクはパスタを1口に入れたとき、その温もりを舌に感じた。
つまり、それは出来立てという意味だ。

「(…さっき出て行ったのは、これを作るため…?)」

シンクは食べながら思った。
安心したような嬉しい笑みを零し、シンクは全て食べ上げた。







 カチャと皿を置いた音がした。
すると、すぐペンを動かす音が聞こえた。
もちょうど食べ終わると、シンクの傍に近付き、食べ終わった皿を拾う。
そして、トレーに乗せ再び部屋へ向った。
今度は皿洗いだ。

しばらくして、またシンクの部屋に帰ってくると、シンクはさっきいた机にいなかった。
あれ?と思い辺りを見回すが、どこにもいない。

「シンク…??」

本当に1人にされちゃったの…?と不安が過ぎった。
よく分からないけど、怖い、一言でそうだ。
部屋のドアから数歩入っていったところで足を止めた。
本当にいない、そう思った。
その瞬間、とてつもない恐怖と孤独感を感じた。

「…シンクは、あたしのこと、なんて…どうでも、良かったんだ……ッ…。」

そう呟くと、1つ頬に涙が流れた。
次はそれを追う様に涙が溢れる。
手で拭いても、拭いても…涙が出てくる。
止まらない、小さくて甲高い悲鳴を上げながら泣く。
その時だった。

「……ぅ…ッ…ぁ゛…ぅ゛……ッ…………ぃ、きゃあ!!」

何かに捕まった。








 何かに抱きしめられてる。
は体が震えており、涙の所為で何があるのか分からない。

「…何泣いてんのさ、人の部屋で。」

聞き覚えのある声、感じたことがあるこの体温。
見たことがある服装に、特徴的なこの口調。

「………ッ…………シン、ク………?」

震えが少し治まったようだが、かすかに震えていた。
大切な、大好きなその名前を呼ぶと、そうだけど、といつものように冷たく言われた。
そして、その腕から開放されると、シンクに振り向く。

「…そんなに泣かないでよ。」

そう言って、シンクはを強く抱きしめた。
シンクの胸の中では何度も何度も、シンクの名前を呼びながら泣いた。
孤独から救われたこと、温かい温もりを感じたこと、何もかも嬉しく何もかも安心に包まれた。

「…ぅ…シンク…ぅ゛…シンクの……ぁ……ッ…。」

「何さ。」

シンクは一向に抱きしめたまま。
の腰と頭に回した手は強く抱きしめるようだが、優しく包み込んでいた。

「……ばかぁぁぁ……ぅ……ッ………。」

涙を流しながら、どこか口元が緩んでいるからの言葉だった。
シンクはハハッと軽く笑って、の頭を撫でる。

「…僕がバカね…。だったら、もバカだよ。」

シンクは相変わらず挑戦的な口調だった。
のは見えないが、その表情はとても穏かだった。

「まぁ…バカなアンタに惚れた僕もバカだけどね。」

どこか笑ってるシンクにも微笑んだ。
顔を少し上げると、涙の後がいっぱいだった。

「…全く、そんなに泣いて。…僕の所為だけど、もう泣かないでよね。」

そう言って、優しくの唇に己のを重ねた。
ほんのり重なったようなので、すぐ離れる。

「…シンクの、バカ……。」

「バカで結構。」

その瞬間、2人は笑い出した。
何時間も退屈な時間を過ごし、それを耐えた努力が今の幸せであるとどこか心の奥で思った。
我慢の後に来た幸せを、その日はずっと2人で過ごしていた。






               〜fin〜





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この作品は虹色の煌き』の洸歌様に頂いた相互記念の小説でございます。
とても素敵な作品ですが、持ち帰ったりは絶対しないでくださいね。

洸歌様リクエストに答えていただき本当にありがとうございました!
これからどうぞよろしくお願いいたします。