あなたが好きなんです


だけど、私にはそれを伝えることはできません。
私はただのメイドなのですから・・・・





「ルーク様、お帰りなさいませ」



この屋敷の御子息、ルーク・フォン・ファブレ様。
紅い短髪に碧の瞳のその人は、元使用人のガイ他数人の旅の仲間を連れて戻られた。
以前はお屋敷での軟禁生活を送っていた彼は、今は自由に外へ出歩いていた。
お城からも特に咎めるお言葉はない。
それは、閉じ込めておくのを悪いと思ったからなのか、それともそうしておく理由がなくなったからなのか。


記憶を失った・・・といわれていた彼は、本当はレプリカだったのだという。
本当のルーク・フォン・ファブレは、今はアッシュと名乗ってローレライ教団にいるらしい。



メイド仲間たちは、今の彼がレプリカだと知って戸惑いを隠せないようで、その態度はどこかぎこちなかった。
実際、隣に立っているメイド長さえもその笑顔は心なしか引きつっているように見える。




“あ、そうだ。奥様にお知らせしなくては・・・”




ルーク様が誘拐されたと騒ぎになったときも、しばらく前に疑似超振動でマルクトへ飛ばされたときも、体の弱い彼女は倒れてしまった。
ゆえにルーク様がレプリカだと知って、一番取り乱すと思われたのは奥様だった。
けれど、そんな私たちの予想に反して、彼女はとても落ち着いていた。
もちろん、聞いた当初は多少戸惑ってはいたけれど、あっさりと彼を受け入れた。
公爵様よりも、奥様の方が先に彼の存在を認め、今までどおり自分たちの息子として扱ったのである。

とことん息子に甘い奥方様は、今でもこうしてルーク様が旅の合間に帰ってこられると本当にうれしそうになさるのだ。
そんなときの彼女の表情は、私たちメイドたちにもうれしいもので、早速この朗報を伝えねば、と思ったのである。




奥様方のお部屋へと向かおうとその場を立ち去ろうとした私を、一本の腕が引き止めた。



「・・あの・・・?」



私の腕をつかんでいたのは他でもないルーク様で、私は戸惑いを隠せなかった。



何かお気に障るようなことでもしてしまったのだろうか・・?


ふとそんな疑問が浮かぶかが、私がしたことなんてただの挨拶だけ。
それは他の者達も同じ言葉を発していたはずなのだから、私だけが咎められるのはおかしい。
なによりコレはずっと以前から続けられていることなのだから、今更文句をいわれるというのも不思議な話だ。




「あの、ルーク様、私に何の御用でしょうか?」



腕をつかまれたままで動けない私を、薄情な同僚たちはほっぽって仕事に戻ってしまった。
そのためにこの場には私とルーク様方しかいない。




「ルーク、腕」
「あ、ごめん・・・」



腕をつかんでいたのは無意識だったのか、ガイがそれを教えるとパッと離した。
・・・謝罪の言葉とともに。




あのルーク様が・・・!!
ずっとわがままほうだいで、なんでも誰かがしてくれて当たり前。
謝るなんてものとは無縁なのではと思われていた彼が、メイド風情に謝るなんて!!



そりゃぁ髪をお切りになってからは(というかレプリカだということをお知りになってから・・・かしら)ずいぶんと様子が変わられたけれど・・・ねぇ?
正直ここまで態度が正反対になると、なんというか・・・ただ驚くしかないのよ。
一時、状況が落ち着いて一ヶ月ほど戻ってらした頃もあったけれど、あの時は日々をボーっとして過ごしていらしただけだったし・・・
挨拶をするか、用件をお伝えするぐらいしか接する機会が無かったわけだから、彼が変わってからこうしてちゃんと向き合うのは今日が初めてだった。





「おやおや・・・ずいぶん驚愕の表情をされてしまいましたよ?ルーク。」



青い軍服に身を包んだ男性は、マルクト帝国のジェイド・カーティス大佐。
ネクロマンサーと呼ばれ恐れられている彼にからかわれて、ルーク様はうるせぇ!!とちょっと怒った顔をした。



「やっぱりルークが素直なのっておかしいんだよぉ〜!」



笑いながらツインテールの少女がルークをからかった。
たしか・・・導師守護役のアニス・タトリンだったかな?
その後ろで呆れた表情で見守っている女性がティア・グランツ・・・ヴァン謡将の妹さん。
その隣にいるのが、キムラスカ王国の皇女、ナタリア殿下。
ルーク様に助け舟を出しながら場をおさめようとしているのがガイ。
6人で何だかんだとさわぎだしてしまい、私はなんだか一人置いてけぼりをくらってしまった。





「あの・・!何の御用でしょうか」



私にも仕事が残っていて、それをいつまでもほっぽっとくわけにもいかない。
かといって、引き止められてしまったのだから用件も聞かずにさってしまうのは失礼になってしまう。
しばらく悩んだ結果、勇気を振り絞ってそう問いかけたのだ。
集中した視線に、ものすごく居心地が悪かったけれど、今更どうにもなりはしない。




「あ・・悪い・・その用っていうか・・・聞きたいことがあるっていうか・・・」



ゴニョゴニョというルーク様に、私は何でも聞いてください、とだけ答えた。
やっと本題に入り始めると、散々騒いでいた彼らもスッと静まった。




「俺、レプリカだろ・・?それでメイドとかもやっぱりぎこちなくって・・。だけどお前だけ変わんなくって・・・何でなのかなって思ってさ。」




気がついたら引きとめていたんだという彼は、やっぱり以前とは違った。


あぁ、自分に自身が持てないんだ。
私はそんな風に思った。



レプリカだって知って、世界の広さを知って・・・彼は卑屈になってしまった。
だから、メイドたちの態度を当たり前だと思って、変わらない私を不思議に思うんだ。


ふふっ・・・思わず笑いがこみ上げてくる。




「ふふっ・・・く・・くくっ・・・」




肩を震わせて笑う私に、ルーク様は笑うことないだろ!?って怒った。
だけど、それさえも今の私には笑いを誘う要素にしかならなかった。




「はぁーすみません、あまりにもおかしくって・・・」



しばらくそうして、落ち着いてから私はルーク様に向き直った。
ビクッっと一瞬肩を振るわせたのが見える。
けれど、それにはかまわなかった。




「態度を変える必要なんてありませんでしょう?」




えっ?と驚愕の表情を浮かべる一同に、私は言葉を続けた。




「今のルーク様がレプリカだったとしても、あなたがあなたであることに変わりはありませんでしょう?」
「でも・・・俺は偽者で・・ルークは本当はアッシュのことだし・・」


「どうしてそこまで人の目を気になさるのですか?」
「あなたがルーク・フォン・ファブレとして生きてきた7年間はどんなことがあったとしてもなくなったりはしません。
もっと胸をはって以前のように言えばいいではありませんか。
“俺はルーク様だ!!”って。卑屈になったところで、過去が変わることはありませんよ?」




過去ばかりを気にしていつまでもうじうじしている彼に、私は思いっきり説教たれてしまった。
でも、それも仕方ないでしょう?


だって、あんなにも奥様が受け入れてくださっているのに、まるで自分の居場所はここではないかのように振舞って。
自分が勝手に思い込んで、好意の気持ちにも気づかない。
そんな被害者面をし続ける彼。



このままではいけないから。気づいてもらわなくては。
今はあなたにとってあまり居心地のよい場所ではないかもしれないけれど。
それでも、ここはルーク様の居場所の一つなんだということを、知っていて欲しかった。






「クククッ・・・はは・・はあいかわらずだね。」



私の言葉に突然笑い出したのはガイだった。
元使用人仲間の彼は、今やマルクトの貴族で・・・
こうして会うのも久しぶりのことだった。



「だってあなたといいルーク様といいくだらないことで悩みすぎなんだもの」
「ガイのこと・・ってあなたご存知でしたの?」
「えぇ。私もホドの出身ですので」




公爵家でガイを見たときには驚かされましたよ、というと、ガイは苦笑いを浮かべた。


ガイとは違い、貴族ではなくただの町娘ではあったけれど、さすがに領主様一家のことくらい当然知っていた。
私がファブレ公爵家へ来たときにはガイはすでにここで働いていたものだから、顔合わせのときに思わず叫びそうになったくらいだ。




「俺のときもこんな風に言われてさ。悩んでるのがバカらしくなっちまったんだよなぁ」
「あなたはファブレ公爵様を恨んではいないの・・?」



ティアさんは不思議そうに問いかけた。
確かにホド出身のものには特にファブレ公爵を恨む理由がある。
実際ガイもはじめは復讐のために公爵家へと乗り込んできたのだから、私もそうだと思ったのかもしれない。




「まったく・・・っていったら嘘になりますけど・・。復讐したからって父や母たちが戻ってくるわけでもありませんし。」


「まぁとにかく!ルーク様はその卑屈さかげんを治してくださいね。そんな態度をとられると、私たちメイドが対応に困るんですから」




仕事が残っているのでこのへんで失礼します、といって私はその場から逃げ出した。





たえられなかったのだ。
あのままあの場所にいれば、全てをさらけ出してしまいそうで。
全てを見抜かれてしまいそうで・・・










「どうして罪を軽くしてあげる必要があるんですか?」






誰もいない屋敷の裏手で、私はポツリとつぶやいた。




人を殺せば罪を背負う。
望んでのものであっても、そうでなかったとしても、その罪から人は逃れようとする。
だれかが責めれば、それはつらいことではあるけれど・・・心のどこかで救われるんだ。
自分を恨む人がいた方が、人は安心するんだよ。
だって、被害者面できるんだからさ。





だから私はののしったりしない。
仇をとろうだなんて考えない。



あの人に救いなんてあげないんだから。
ずっとずっと殺した人々の命を背負って生きてもらわなきゃ。
最後の最後まで、苦しんで生きていってもらわなきゃ。





自分でも、なんてたちの悪い考え方だろうって思うけど・・・
そうでもなきゃ、ここで過ごしてなんてこれないもの。
玄関口に誇らしげに敵の宝剣を飾るような彼に、こんな風に思わなければ仕えることなんてできないんだから。












正直私には、あなたが本物だろうとレプリカだろうと関係ないんです。
ただルーク・フォン・ファブレという名の人に仕えているだけなんです。
だから、他の人がその名を名乗れば私はその方に仕えるでしょう。
私はそういう人なんです。






だけど、私はこうも思うんです。
この先のルークは、あなたであってほしいと。
ルーク・フォン・ファブレを名乗るのは、私の主は、あなたであってほしいと・・・











あなたが好きなんです。









だけど私はそれを伝えることはないでしょう。
こんな卑劣な女にそんな資格はないんですから・・・・・・