「ディスト・・!!今すぐこれを動く譜業人形に変えなさい!!」



バンッ・・!!


勢い良く扉を開き、その部屋の主・・ディストへと命令する。
その手には一つの人形・・・アリエッタがいつも抱きしめているあの不思議な人形をもち、ディストへと突きつけていた。



?!い、いきなりなんなんですか、貴方は!!第一あなたに命令される覚えはありませんよ!」



突如部屋に侵入されて、しかも意味の分からない命令をされて・・・ディストの言葉は最もなことだった。
しかも彼女は六神将補佐という地位。
六神将である自分の部下であるはずなのだ。
自分が命令することはあっても逆は普通ないだろう。
が、今の彼女にはごく普通・・という観念はすっかり抜け落ちていた。



「アリエッタが・・アリエッタがそう望んでるんだから、かなえてあげるのが大人の義務でしょう?!いいからさっさと作業に取り掛かりなさいよ!」



いつからそんな義務が生まれたんですか?!というディストの悲しい言い分はあっさり切り捨てられて、無理やり作業に移らされる。
もちろん、それまで彼が行っていた仕事は全て後回しだ。
後で山積みになった書類を見るのはものすごく怖いが、ここで彼女に従わなかったときのことを想像する方が怖かった。
確実に、明日の朝日は拝めない。


しぶしぶ作業を始めるが、やはり自分の得意分野。
次第に楽しくなってきて、いつのまにかがこの場にいることも忘れて作業に没頭し始める。
アリエッタの人形の改造・・たぶん彼女たちが望んでいるのは、動く機能とかそういうものなんだろうけど。
どうせなら・・・ということで、それ以外にもいろいろな機能をつけることにした。







**






「出来ましたよ!!」



ディストがそう言って出してきたのは、見た目こそ今までの人形と変わりなかった。
本当に譜業人形に改造されたのかと確かめるために手を伸ばすと、それはささっと逃げてしまう。




「「あっ!!」」



きちんと動くことは証明されたが、その人形は動きを止めず、そのままどこかに走り去ってしまった。




「ちょっとディスト、逃げちゃったじゃないの!!アリエッタに早く返さなきゃいけないのに、どうしてくれるの?!」
「そんなこと知りませんよ!!私はただ頼まれたとおりに譜業人形に改造しただけですから。」




キャー・・
なんだこれは?!
うわぁ―・・・



「「・・・・・」」



一体これは何・・・?
人形が飛び出していった扉の向こう側から、叫び声が聞こえてくるのは気のせいでは無いはずだ。



「・・・ディスト、一体どんな改造をしたの?!」



動く機能だけではなかったのか。
そう問いかける私に、ディストはショボーンと小さくなりながらぼそぼそと答えた。



「そ、そのですね・・・ついいろいろな機能を付け出したら止まらなくなりまして・・・
手始めに空を飛びます。最高速度は時速100キロほど。
護身用に脚力が常人の20倍。腕力もその程度あったかと・・・
それから目やら口やらからビーム砲が・・・・」



思わずあっけにとられてしまった。
確かに改造しろとは言った。
が、なにをどう間違えたらそんな風に改造してしまうのだろうか。
というかそんな機能をつけられたら護身用どころか私たちはおろかアリエッタでさえも近づけないではないか!!






「ディスト!!てめぇ今度は何しやがったんだ!!」



ものすごい勢いで怒鳴り込んできたのはアッシュ。
カッと目を見開いて声を張り上げるその様は、お子様であったら泣き叫ぶだろうほど怖い。
もっとも、お子様でなくてもものすごく怖いのではあるが。



「あ、アッシュ・・私はただ頼まれた改造を施しただけであって「誰もあんな恐ろしい改造しろなんていってないわよ!!」」



さりげなく罪を擦り付けられそうになったので、もちろんしっかりと否定しておく。
全責任をかぶせられたらたまったものではない。



「とにかく、さっさとあの人形を止めろ!!」



ことの始まりなんてどうでもいいからさっさと事態を沈静化させろというアッシュだが、ディストは相変わらず暗い顔をしている。



「・・あの人形の丁度首の縫い目のところに止めるためのスイッチがあるのですが・・・」
「・・・捕まえられないよね・・・」




最高速度およそ100キロ。
とてもじゃないけど人間の追いつけるスピードではない。
かといってそれ以外に止める方法はない。
あの人形は空気中の音素をうまくつかってエネルギーとしているらしく、エネルギー切れもおこらない。
つまり、首もとのスイッチを押さないかぎり半永久的に暴走し続けるのである。




「・・・もしかしたらシンクなら「あれをボクに捕まえろって言うの?むちゃくちゃなこと言わないでよね。」



六神将中最速を誇り、体術の達人のシンクなら出来るのではないかと提案するが、それはいつの間にかやってきた本人によって否定された。



「大体あれ、さっき壁を盛大に破壊してたんだけど。」



そんなものに近づけるわけが無いとシンクは言った。
確かに、下手に近づけばその恐ろしきパワーで殺されかねない。





ドゴォン・・・・




すさまじい破壊音が響き渡り、部屋の中は一瞬沈黙が流れた。
だれも想像なんてしたくなかった。
あの音の正体が、一体何なのかなんて・・・・・



「ディスト!!あの譜業兵器を止められないのか?!」



しばらくして部屋に駆け込んできたのはラルゴだった。
どうやら先ほどまで修練場にいたらしい。
そこに例の人形が進入してきて、散々荒らしたあとまた壁を破壊していったとか。



「・・修理代が恐ろしいな・・」



ポツリとつぶやいたのはいつの間にかきていたリグレット。
これだけの被害が出れば(現在進行形で着々と破壊は行われている。)修理に一体いくらかかることやら。
というかまずこの建物がこのまま存在していられるかどうかさえも怪しい。



「もう!!これも全部ディストのせいじゃない!!」



事態があまりにも大きくなりすぎて、はディストに八つ当たりをはじめる。
ディストがあんな変な改造にしなければ良かったのだと言い張って、全て彼の責任にしようとしている。
もちろんディストがそれに黙っているはずもなかった。




「な、何を言い出すんですか!!元はといえばが私に譜業人形に改造しろなどといわなければ起こらなかった事態でしょう?!」



彼にしてみれば、いきなり変な命令をされて、しかも今までの仕事を全て後回しにされて。
事情も何も聞かされず、それでもけなげに作った譜業人形(多少調子に乗りすぎたとは自分でも自覚しているが)なのだ。
いくら暴走してしまったとはいえ、全て自分の責任というのはおかしいではないか。
悪いとは思っているが、こうして責められるとなんだか肯定したくなくなってくるのは、人間の性なのだろうか。
いつまでたっても言い争いをやめない二人にアッシュの一喝がとんだ。



「お前等いい加減にしやがれ!!なんでもいいからさっさと人形を止めるぞ!」








***





「いたー!!」



大声を上げては叫んだ。
その先には、探していたあの譜業人形の姿があった。



「こっちか!!」



その声に反応して、アッシュがの真逆・・・前方から走りこんできた。
挟み撃ちにされた人形だったが、そこで立ち止まってくれるようなら苦労はしない。
思いっきりうでを右側の壁にぶつけ、またもや破壊してしまったのである。



「あー!!右側の壁、破壊されちゃった!!」



そんなの声を知ってかしらずか、人形は出来た穴から隣の部屋へ逃走。
その部屋の壁をまたもや突き破って、廊下を走り去っていってしまう。



「ここは通さん!」



人形の前方にはでかい図体を最大限に使って、威圧感たっぷりに立ちふさがっているラルゴの姿があった。
もちろん後ろからはとアッシュが迫ってきていた。
人形はまた先ほどと同じように右側の壁を破壊したが、その壁の向こうの部屋は無人ではなかった。



「おとなしくしてもらおうか」



二丁の譜銃を構えたリグレットが立ちふさがったのである。
あわてて今度は左側の壁を破壊するが、そこにはいすに座ったディストの姿があった。
完璧に逃げ場を失った人形はしばらく考えこんでから、一番抜け出せそうなところ・・・製作者へと向かって走り出すが、上空から降ってきたものに邪魔されて抜け出すことはできなかった。



「やっぱりこっちに来たみたいだね・・・ディストが作ったにしては優秀ジャン。」



小型の通信機を片手でもてあそびながら現れたのはシンク。
予想通りの反応とはいえ、譜業人形の判断力の良さにシンクは感心したのだ。
もちろん、素直にほめるのはシャクにさわるのでイヤミったらしくいうのだが。



「ホントだよ・・・それにしてもさすがはシンク、指示も的確だねぇ」



耳につけた受信機をはずしながら、は感嘆の声をあげた。
譜業人形をうまいこと挟み撃ちにするのはなかなかに難しかった。
この建物は大抵一本道が多くて、それこそこの人形のように壁を破壊でもしないかぎり四方を囲むことはできない。
そのため、シンクが人形の動きを考えつつ、うまいこと誘導していってくれたのである。
さすが参謀。




「さぁもう逃げられないよ?おとなしく停止させられなさい!!」



一斉に飛び掛ると、人形はさすがに対応できないようだ。
その機能は恐ろしいが、こうして多人数で一気に攻撃を仕掛ければ何とかなりそうである。
さすがに六神将とその補佐の名はだてではなかった。


しばらくの格闘ののち、無事に停止ボタンが押され、騒動に終結をむかえたのである。








***






「アリエッタ!!」



雑兵たちが修復作業に追われている中で、は作業をほっぽってピンクの髪の少女に駆け寄った。
そして、笑って例の人形を差し出した。
あのあと、危ない機能は全て取り払った(もちろんディストが)それは、ひょこひょこと腕を動かしている。




「アリエッタのお人形・・動いてる・・・!!」



ぱぁっと目を輝かせて人形を見つめるアリエッタ。
動いている腕を気にもせず、ギュッと抱きしめた。



「歩いたり、走ったり、そういう簡単な動作はできるよ。動きを止めたいときはアリエッタが“止まって”って思えば今までどおり動かなくなるから」
「うん、ありがとう・・・・・!!」



本当にうれしそうにしているアリエッタに、柱の影から見守っていた一同もほっと一安心した。
アリエッタが導師守護役からはずされてから、沈みがちだったのは皆良く知っていた。
イオンをどこまでもしたっている彼女には、それはとても酷な出来事だったのである。



「これでアニスに負けない・・です!」


「「「「はぁ・・・?」」」」




アニスに負けない・・とはどういう意味だろうか。
アニスというのはアリエッタの変わりに導師守護役についた少女で、人形士だ。
彼女の最大の特徴はその背に背負ったトクナガという人形だろう。
ディスト製作のそれは、どういう原理なのかは分からないが戦闘時に巨大化するのだ。



ん・・?


ふとそこまで考えて、引っかかるものを感じだ。




「まさか・・・・」



誰かがつぶやいたその一言。
その場にいた全員に、その続きが分かってしまった。
だが、口に出したくはなかった。
その続きを確認してしまえば、数時間前のあの騒動がものすごく虚しくなってくるのだから。
自分たちがその身を削って処理にあたったあの事件が、そんなしょうもない理由からおこっただなんて、考えたくなかったのである。




はぁ・・・・




この後の事後処理と、労力の無駄さを考えて、思わずため息をついてしまったのは、一人二人ではないはずである。