02.その背中を夢中で追いかけたけれど








「お兄様!!私、やっと分かりました!!」



バンッ!




大きな音を立てて開かれた扉。
それはとてもはしたないことで、いつもだったら絶対にしないこと。
だけど、今の私はそんなことよりもこの喜びのほうが大きくて。
それは大好きな兄に早く伝えたいという思いでいっぱいで、彼の部屋に飛び込んだ。




、礼儀作法くらいちゃんとしろ」




いつもだったら、そんな言葉が飛んでくる。
だけど、今日はそんな兄の怒ったような、呆れたような声が聞こえない。



「お兄様・・・?」




部屋の中を見回すと、そこにはいつもとは少し違った。
机の上に、これでもかというほど積み上げられている本。
その近くにある紙の束。(これにはお兄様の意見が書き留められている)
広げられた世界地図。


それらは同じ、いつもと変わらない。
だけど、肝心の部屋の主の姿が無かった。




今日は出かけるなんて言ってなかった。
だから、部屋にいるものだとばかり思っていたのに。
いないものは仕方が無い。
今度はゆっくりと扉を閉めて、お兄様探しをはじめた。
















「ねぇラムダス、お兄様がどこにいるか知らない?」



丁度見つけたラムダスに問いかけると、彼は不思議そうな顔をした。



「坊ちゃまでしたらお部屋にいらっしゃるのでは?」
「部屋にいないから聞いているのよ。書置きも無かったから、屋敷の中にはいると思うんだけど・・」





屋敷をでるときは大抵私に一言いってくれる。
急いでいるときとかは部屋に書置きを一つ残してからいくので、出かけたのならすぐにわかるのだ。
今日は言付けもなかったし、書置きも無かったのだから屋敷の中にいるはずなのだ。




「さぁ・・・私はお部屋にいらっしゃるのだとばかり思っておりましたので分かりません。」




通りかかったメイドや見回り中の白光騎士団の者達に聞いても、そんな返答が帰ってくるばかりだった。
お兄様のいそうな場所を片っ端から探してはみるがどこにもいない。







「一体お兄様はどこにいってしまったの・・?」



誰も彼の行方を知らず、屋敷の中にはその姿が無くて。
私は結局お父様に尋ねることにした。



「お父様、お兄様がどこにいるのか知りませんか?屋敷のどこにもいないのです。」









私がそう尋ねたときの父の表情は今でも忘れられない。
大慌てで白光騎士団を呼び寄せて、お兄様の捜索が始まった。
父も行方を知らなかったのだ。
この家から突如として姿を消したお兄様は、結局その日は帰ってこなかった。
気の弱い母は、お兄様が行方不明と聞いて倒れてしまった。
私はそんな母の側でただ震えて待っていることしかできなかった。





















数日後、お兄様は白光騎士団の者達に連れられて帰ってきた。
だけど、お兄様は私の知っているお兄様ではなかった。
空白の数日間に一体何があったのか。
尋ねても何も答えてはくれなかった。
それだけではない。
私たちのことも、自分の名前も、言葉さえも、全て忘れてしまっていた。
生まれたての赤子となんら変わりなかったのだ。






ずっと私の前にいて優しく手を引いてくれたお兄様はどこにもいなかった。
目の前にいるのは兄ではなくむしろ弟。
外見は確かにお兄様なのに中身は子供で、私はとても衝撃を受けたのを覚えている。












私たちは皆で必死に彼に必要最低限のことを教えた。
言葉、生活の仕方、家族について。
教えることはたくさんあった。
だから、私は本当に伝えたかったことを伝えることが出来なかった。



お兄様が出してくれた問題。
とても難しくて、何日も考えた。
その問題が解ければお兄様に認めてもらえる気がして。
彼に、近づける気がして。
私は必死に頑張ったのだ。
いろんな本とにらめっこして、そうしてやっと解けたもの。
お兄様にほめて欲しくて頑張ったのに。
私はそれが解けたのだと伝えられなかった。

















ずっとお兄様の背中を見て育ちました。
貴方の背をずっと追いかけてきました。
やっと手が届くと思ったのに。
お兄様はもっと遠くへ行ってしまいました。
もう、私にはその姿が見えません。
目の前に兄の姿がないのです。









私はこれから誰を目標にして歩いていけばいいのでしょうか。
ねぇお兄様。
貴方は今どこにいるのですか・・・?















私はこの小さな兄にあなたの面影を見出せるのでしょうか