「お兄様・・・?」
私がポツリとつぶやいた言葉は、雨音にかき消されて誰にも届かなかった。
カイツールで会ったときは短時間だったことと、私の位置からは彼の姿が陰になっていてよく見えなかったこととが重なって気づかなかった。
だけど・・・オールバックになっていた前髪は雨にぬれていて、だれもが気づいた。
ルーク・フォン・ファブレとそっくりだったのだ。
瓜二つともいえるその外見は、唯一髪の色がルークのほうが明るいくらいしか違いが無かった。
彼・・・アッシュはお兄様と少し剣を交えるとすぐにタルタロスに乗って去っていった。
私たちに多大な疑問を残して・・・
「ルーク様って双子だったの〜?」
あそこまで似ているのだから双子だったのではと思うのは、至極当然のことだった。
けれど、ファブレ家の子はルークとだけのはずだ。
「俺はそんな話聞いたことないが・・・」
「私もしらないわ・・・」
そのときの私は、双子とかそういうことよりも気になることがあった。
私がお兄様が誘拐される前日に渡したカフス・・・
それがアッシュの耳元に飾られていた。
あれは私が加工したもので、お兄様に渡したものと今私が身につけているものの二つしか存在しない。
あの日をきっかけに行方不明になっていたカフス・・・
たまたま拾って、それを身に着けた人がそっくりさん。
一体どれだけの確立でそんなことが起こるというのか。
限りなくゼロに近いということは、誰にだってわかる。
その低い確率の結果が、目の前にあった。
これはただの偶然なの・・?それとも・・・・
***
アクゼリュスの崩壊・・・
ヴァン謡将に騙されたお兄様は、超振動でパッセージリングを壊してしまった。
私は何がなんだかわからなくて、ただティアの譜歌に守られて生き残った。
助かったのは私たちだけだった。
地獄のような風景の中、唯一の移動手段のタルタロスに乗船した私たちは、ユリアシティへと向かった。
「俺は悪くない!!ヴァン師匠がやれって言ったから・・俺は・・・!!」
甲板でお兄様はそんなことを叫んだ。
気が動転していたこともあるんだろうけど、全てをヴァンのせいにしたその言い方に皆は軽蔑のまなざしを向けた。
一人、また一人とその場を去っていく仲間たち。
残ったのは私とお兄様とミュウだけ・・・・
「・・俺は・・・!」
「お兄様・・一度、じっくり考えてみてください。今までのこと、これからのこと・・・」
「・・」
「私はずっとお兄様の味方です。だから・・・今は自分の中できちんと整理しましょう?」
必死に浮かべた微笑は、引きつっていなかっただろうか・・・
言った言葉は本心だったけれど、どうにも気になることがありすぎた。
アッシュ・・・あなたは一体何者なの・・・?
***
「お兄様・・・・」
アッシュに挑んで負けたお兄様。
気を失ってしまった彼に駆け寄りたかった。
だけど・・・先ほどのことが本当なら、この人は・・・・
お兄様にティアが駆け寄って治癒術をかけるのを横目に見ながら、私はアッシュに近づいた。
「お、兄様・・・?」
「、俺はもうルークじゃない。」
呼びかければむすっとした表情のままルークではないといった。
彼はルーク・フォン・ファブレではなくアッシュとして生きている。
だから自分は兄ではないというのだ。
だけど・・・
「でも・・・それでもあなたは私のお兄様です・・。」
耳につけられたカフスに触れる。
アッシュは私のつけているカフスに同じように触れた。
「・・二つで一組だったのか・・・」
アッシュはつぶやくように小さく驚きの声を上げた。
彼に渡したとき、私はそれが二つあるなんて言わなかった。
後でびっくりさせようとしていたのに、彼はそれを見る前にいなくなってしまった。
「お兄様・・!!」
もう一度呼ぶ。
彼は何も答えなかった。
だけど、その雰囲気がなによりの証で、私はあのころを思い出した。
自然とあふれてくる涙が零れ落ちた。
「お、おい・・・!」
泣き出してしまった私を見て、わたわたとあわてているのがわかる。
だけど涙を引っ込めようとすればするほどあふれてきて、自分では止められなかった。
ポフッ・・・
後頭部に手を当てられたかと思うと、そのままぐいっと押されてアッシュの胸に押し付けられた。
何も言わず、ただ抱きしめていてくれるだけ。
そんな昔と同じ、変わらない動作に私の目からは余計に涙がボロボロと零れ落ちた。
頭に添えられた手が温かくて、安心できて・・・
私はそのまま意識を飛ばしてしまった。
***
「俺たちはタルタロスで上へ上がるが・・・はどうする?」
セルパーティクルの力を使えば、タルタロスを打ち上げるのが可能だということがわかった。
このまま魔界にいても仕方が無いので、目を覚まさないルークとここに残るといったティア以外は上に戻ることになった。
泣きつかれてそのまま眠ってしまった私だけが、まだどうするのか決めていなかった。
「私は・・・・私は、みなさんと一緒にタルタロスに乗船します。」
「・・・!!・・・いいのかい?ルークを残していって・・」
「いいんです・・。それがお兄様の為になると私は思うんです。だから私はここには残りません。」
「ルークのため・・・ですの・・?」
ナタリアは不思議そうな顔をした。
彼のためというのなら側にいるべきだというのが彼女の考え方なのだろう。
辛いとき、側にいて欲しいと思うのは当然のことだから・・・
だけど、側にいるだけがその人のためになるとは限らない。
近くにいるから思いが強いわけじゃない。
だから私はここには残らない。
彼の為を思うなら残ってはいけない。
私が残ればお兄様は私の存在を気にしてしまう。
今のお兄様には、私が何を言ったとしてもその声は届かない。
逆に自分を追い込んでいってしまうでしょう。
だから私は今のお兄様の側にいてはいけないのです。
お兄様が変わってくれるのをただ待つことしか出来ないんです。
「いつかナタリアにもわかりますよ。」
側にいるだけがその人を想う方法ではないってこと。
離れたところから見守り、祈ることも一つの道なんだってこと・・・
お兄様・・変わってください。あなたは、あなたのルークに・・・
どんなことがあっても・・あなたがたとえルークという名を捨てたとしても、あなたも私のお兄様なんですから・・・
二人の兄はそれぞれに辛い運命を背負っていたけれど、私はただ祈ることしかできなかった
