『カナミ・・・僕の代わりにこの先・・・あいつ等や予言の行く末を見届けて欲しいんだ』
森の中の一つの小屋。
私はそこにまるで隠れるように住んでいた。
最初は不便だと思うこともあったが、なれてくれば案外住みやすく問題はなかった。
魔物は出現するが、他の人には強いだろう魔物に遭遇したとて、私にはたいした敵にならないので関係なかった。
譜術を使うまでもない程度のレベルでしかない。
導師守護役としてずっとイオンを守り続けていた経験が今の私の生活を助けてくれていた。
「イオン・・・」
守りたかった人はもういない。
見届けて欲しいといった彼は、私の返答を聞かずに逝ってしまった。
私をおいて旅立ってしまった。
バサッバサッバサッ・・・
翼の羽ばたきの音が聞こえる。
近づいてきたのは鳥型の魔物フレスベルグだった。
それはいつもあの子の側にいた魔物で、くちばしに紙を銜えていた。
手を出せばその上にそれを落とす。
「ありがとう」
そう言って軽く頭を撫でると、うれしそうな声を上げて上空へと上がり旋回し始めた。
―――カナミへ
イオン様がアニスのせいでいなくなっちゃった・・・!
アリエッタはアニスを許しません・・!
アリエッタはアニスと決闘します。
イオン様の為に、アリエッタは絶対に勝ちます!
アリエッタ―――
「イオン様が・・・?」
アリエッタからの手紙に私は思わず声がでてしまった。
つい先日会ったときは元気そうだった彼が、まさか死んでしまっただなんて思ってもいなかった。
それにアニスのせいで、という一文が妙にひっかかった。
導師守護役の彼女のせいとは一体どういうことなのだろうか。
守護役なのにイオンを守れなかったということ・・・?
いや、もしそうならアリエッタは決闘を持ち込むまではしないだろう。
きっともっと別の事情があるはずだ。
「そもそも私はなんでアニスが一番イオンに近い位置になったのか知らないのよね・・・」
守護役と一言で表しても実際の立場はそれぞれかなり違う。
イオンのすぐ側でいつも彼を守るものや、大きな任務には同行するもの。
そして本当に非常事態のときなどにしか呼ばれない名前だけの守護役ともいえるものもいる。
アニスやアリエッタは大抵いつもイオンの側にいるかなり信頼された守護役だった。
そんな位置に、いくら今の導師になったときに守護役の大量解任があったとしても簡単につけるものだろうか。
その当時私はすでに導師守護役長から退いており、任命したのはモースだと聞いている。
つまりモースがアニスを導師の側付きとしたわけなのだが・・・・
「そうするとますます疑問が浮かんできちゃうのよねぇ・・・」
もともとモースはアリエッタが導師守護役・・しかも導師の側付きをしているのをよく思っていなかったのである。
何かあるたびに解任しろだのせめて側付きからははずせだのと文句を言ってきていたのはよく覚えている。
幼子に守護させるのをとことん嫌がったモースが、アリエッタよりも年下のアニスをそう簡単に起用するだろうか。
答えは否だろう。
いくらアニスが人形士として優秀だったとしてもそれだけで実質の守護役のトップにつけるはずもない。
アリエッタにあれほど厳しく接していた(彼女の場合は身元という問題もあったのだけれど)モースが子供を使うわけ。
それは何かをたくらんでいたからなのではないかと思うのだ。
彼女を利用して何かをしていたのではないだろうか。
そしてそれが結果的に導師イオンの死につながった・・・・?
「まさか・・・でも・・・・それだといやなくらいぴったりとピースが当てはまるのよね・・・」
そんな仮定を信じたくは無かったけれどそれでも一度浮かんでしまった考えはなかなか消えてくれなかった。
もしこの考えが本当にあったとして・・・アリエッタは真実を知っていたのだろうか。
きっと何も知らないのだろう。
アリエッタはイオン様のことをイオンだと思ったままで、だからこそ私にこのことを知らせてくれた。
だからこそ決闘を申し込んだ。
あの幸せだった時間を必死に取り戻そうとしていた先にあったのが、導師イオンの死だったのだから・・・
この場所にずっと引きこもっていた私には真実はわからない。
アニスとアリエッタの間にどんなことがあったのか。
アニスはなぜイオン様を裏切ったのか。
守護役に裏切られたイオン様は、一体何を思って死んでいったのか。
何もわからない。
そう、何一つわかることなんてなかった。
「でも・・・・だからこそこれからは見届けなくてはいけないのかもしれないわね・・・」
ずっとイオンの死から逃げ続け、一人でいつづけることで彼を想っているつもりだった。
けれどそれは間違っていたのかもしれない。
それではイオンの最期の言葉を・・・彼との約束を守れていなかったのだから・・・。
「フレスベルグ、私をアリエッタの元へ運んでもらえないかしら」
上空にいるアリエッタの友達へと声をかけると、フレスベルグは一声あげて下降してくる。
了承した、ということなのだろう。
「ありがとう」
地面に降り立って背を向けるフレスベルグの背に乗る。
が乗るとフレスベルグはゆっくりと上昇し始めた。
久しぶりの浮遊感覚に懐かしさを感じながらもフレスベルグへと声をかけた。
「全速力でお願いするわ!アリエッタとアニスの決闘に間に合わせて頂戴」
キィーと了承の鳴き声が聞こえたとほぼ同時に速度が一気にあがった。
あまりの速さに思わず吹き飛ばされてしまいそうになって、必死にフレスベルグにしがみつく。
どんどん小さくなって離れていく自分の家をは一度だけ振り返った。
ダアトから離れてからずっと住んでいた家。
特別楽しかったとかそう思ったことは一度もなかったけれど、それでもあそこでの生活が辛いと思ったことはなかった。
世界と隔離されたその空間は寂しくもあったけれどどこかに安らぎがあったから・・・
2年あまりを過ごしたその場所は毎日が変わらない平穏に包まれていたのだから・・・
の中には一つの予感があった。
いや、予感というよりも確信していたのだ。
もうこの家に戻ることはないと・・。
「さようなら・・・・」
ポツリとつぶやいた声は誰にも届かずに空へと吸い込まれていった。
もう見えなくなったその場所を、が振り返ることは二度となかった。
約束ともいえない約束を、私は守りたいから・・・・
