運命と現実




ラルゴが静かにアリエッタを抱えて連れていくのを、私はただ見守ることしかできなかった。

「アリエッタをお願いね、ラルゴ。」
「あぁ、任せておけ。」


さり際にそう一言ずつ交わして。
久しぶりの再会は、喜びに満ちたものではなくて・・
悲しくて、苦しかった。
彼らの決めた道と私の道との違いが浮き彫りになる。
もう、交わることのない道なのだと確認させられてしまった。
そんなに会った事があるわけじゃない。
それでも、一時期は同じ教団員として時には共に戦い、時には笑いあって話をした。
そんな温かい日々が確かにあった。
それはもう二度と戻らぬ時間。
私が逃げ出したあのときから、重なり合うという道は消えうせたのだから。




ラルゴとアリエッタがいなくなって、残されたのは私とアニスたちだった。
私が知る人はアニスしかいない。
そう思っていたのに、よくよく見てみれば気にかかる人がいた。
鮮やかな赤。
それは聖なる焔の光の証だった。
さんざんイオンに聞かされたあの預言の人物。
いや、正確には彼ではないが、預言の為に生み出された存在のはずだ。
彼がオリジナルではないということくらいは分かった。
オリジナル・・アッシュにもあったことがあったから。
だから彼が別人だと気づくことができた。




「あの・・貴女は・・・?」

おずおずとかけられた声。
私は彼をまっすぐに見据えて答えた。

「私はよ、ルーク。」
「!!なんで俺の名前を・・・?!」
「知っているからよ。聖なる焔の光。それが預言にどれだけ重要な存在として詠まれているのかということを・・
そして、あなたがそれを変えるためにヴァンに生み出された存在だということも。」


息を呑む音が聞こえる。
驚くのも無理はないだろう。
突然現れた人物が、自分のこと・・しかも普通なら到底知りえない重要な秘密まで知っているのだから。
第一、会ったときから相手に一方的に知られているというのはあまり気分のよいものでもない。



「兄さんを知っているの・・?」
「兄ということは・・貴女がティアなのね?ヴァンと私は以前同僚だったからよく知っているのよ。」
「同僚・・・?ってもしかして貴女は幻の導師守護役長の様?!」

同僚という言葉と私の名前からアニスが導き出した答えは真実だった、
あまりの驚きようにからは苦笑がもれる。


「元、よ。とっくに辞職しているもの。今はただの一般人よ。」
「はうあ!こんなところで様にお会いできるなんてー!!」
「そんなにすごい方なんですの?」
「すごいなんてもんじゃないよナタリア!様は私たち導師守護役の長、導師の一番の側近なんだよ?
第七譜術士で譜術はもちろん、体術も完璧な方で導師の守護はほとんど様お一人で十分だったとか!」


熱っぽく語るアニスに押されぎみのナタリア。
それをさりげなくかばうガイだが思わず苦笑をもらした。


「そのときはアニスはまだ導師守護役じゃなかったのかい?
導師守護役の長なら上司になるんだから会ったことないわけがないとおもうけど。」
「そういうわけじゃないけど、あのときはあたしもまだ下っ端の下っ端だったし、会う機会なんてなかったの」
「私はあまり表には出なかったからね・・。
導師守護役長といっても実質会った事があったのは守護役の上位十数名くらいだったわ。」


だれにどの任務を与えるかなど、大元の指示は出していたがそれを伝えるのは別のものだった。
そのため、長だなんていっても私の顔を知らないものも多かっただろう。



「へぇ。そんなすごい人がなんでここにいるんだ?」
「・・・アリエッタに会いにこられたんですか・・?」
「えぇ、それもあるわ。今を逃せばアリエッタに会うことは出来ないってわかっていたもの。」
「どういうことですか?それではまるで貴女はこの結果が分かっていたようですが」




アリエッタとアニスの決闘。
確かに結果的にはアニスの勝利になったが、なにか一つ変わっていたのならこの場にいたのはアリエッタだったのかもしれないのだ。
かなりの接戦で最後まで力を抜くだなんて到底できなかった。


ではなぜもう会えないと分かっていたといえる?
まだアリエッタの勝ちを信じていたのならわかる。

彼女とアリエッタが親しい仲だったのは先ほどのやり取りを見れば十分わかる。
大切な人に勝って欲しいと思うのは当然のことだ。
それなのに、彼女は当然のようにアニスの勝利を確信していたという。
それはあまりにもおかしかった。


「・・・知っていたのよ。決闘がおこれば結果がこうなるっていうこと、ずっと知っていたの。」
「どういう意味ですの・・?」
「私はあのとき真実を見たわ。イオンと共に、この世界の行く末を詠んだの。」

「預言・・・まさか、第七譜石・・?」
「そうね、あれは第七譜石のかけらだった。
かけらといってもそこそこ大きさはあったけれど・・・でもどの譜石よりもうんと小さかったわ。」




あの時あの場所でイオンは自分の死を知り、そしてこの世界の未来を知った。
あんなちっぽけな譜石にたくさんの未来が描かれていた。
知ってはいけない未来がいくつも・・・
知らなければ良かった。
そうすれば、こんな結果にはならなかった。
でも、あの時私たちが全てを知ることさえも決めれらた未来の一つだった。



「イオンは極秘でその譜石を詠んでいたわ。私はそれを聞いて・・そして未来を知った。」
「でも、それはおかしいわ。だって預言と今の世界にはズレが生じているはずよ!
レプリカという存在で、必ずしも預言のとおりとはいえなくなっているわ」

「表に出ている預言はそうよ。でも・・・第七譜石にはそのズレさえも記してあったとしたら?」
「そんな・・ありえないよ。」
「私達だって信じたくはなかったわ。だからイオンは抗おうとした」



最初にその譜石を詠んだとき、知ることができたのはイオンの死と聖なる焔の光の死による繁栄。彼らが聞かされた預言と同じものだった。
だからイオンはその未来を変えようとした。
本来なら空位になるはずの導師を存在させるために、自分の死期を早めてまでレプリカを作った。

悩んで、苦しんで、やっと出した結論。
それなのに・・・
私達に待っていたのは絶望だった。



「もう一度譜石を詠んだとき・・そこにはレプリカの存在までもが記されていたわ。
ルーク・フォン・ファブレが入れ替わることも、全て・・」
「それっていったい・・・」

「第七譜石はね、どれだけ力を持った人でもその全てを詠ませてくれるわけじゃないの。
定められたその未来に影響がでない、そのギリギリのところまでしか詠むことができない。
だからこそ、だれも未来を変えることができないのよ。」
「イオンは何度も譜石を詠んだわ。そのたびに何かを変えた。
けれど、もう一度譜石を詠めばその出来事を含んだ未来があるだけだった・・・」



譜石を詠んで小さな希望を見つけても、もう一度詠んだときに全てが打ち砕かれた。
何をしても無駄だった。
イオンは憔悴して、そして・・狂っていった。



どうすることも出来ない現実。
知ってしまったからこそ重くのしかかってくる未来。
知らなければ良かった。
そうすれば、幸せでいられたのに・・・



「イオンは最期に言ったわ。
私にこの世界の行く末を見届けてほしいと。」


渡されたのは私の名前と導師の印の押された辞表とこぶしくらいの大きさの石。
私はその二つを持って教団を出、森の中の小屋に住むようになった。
イオンの言葉のとおりに、ただ見届ける。
預言と現実を見比べ続ける日々。
何度詠んでも1フレーズたりともはずれることのない預言。
結局分かったのは預言が確実に起こる未来だということだけだった。



「それじゃぁ・・・あなたは全て知っていたということですか?
アクゼリュスの悲劇も、外殻大地の崩落も、すべて知っていたと?」
「・・・えぇ。私はもう預言を変える気はないもの。」



預言に影響が出ないのなら、譜石を詠むことができるから。
見届けると決めたあの日から、にはその譜石を詠めるようになっていた。
かけらとはいえ膨大な量の預言を秘めたその譜石の全てを・・・



「あなたは・・たくさんの方々が犠牲になると知っていてなぜ知らせようとなさらなかったのです?知っていれば助かる方がたくさんいらしたというのに・・・!」
「・・あなたは信じられましたか?あの時、この場は崩落するのだといわれて素直に信じられましたか?高位の預言士でもない、ただの一人の女の言葉を国が信じるとでも?」


いくら預言だからといっても、相手は国。
その全てを信じてくれるわけではない。
高位の予言士が詠んだものでもなければあまり信憑性が高くないと判断されることもあるのだ。
まして、ここが外殻大地だとすら知らないものもいるというのに、崩落する?
そんなの戯言だと一蹴されて、投獄されてもおかしくない。
なぜ危険をおかしてまでそんなことをやらなくてはならないの?

「それは・・・」
「それでも一人でも犠牲者は減ったかもしれないわ。」
「そうね。でも私が進言するつもりでいたのなら、その預言は詠めなかったでしょうね。
あの譜石はそういうものよ」



傍観者でいないのなら譜石は何も詠ませてなんてくれなかっただろう。
何もする気がないからこそ、私は詠むことができたのだから・・・。



それはどこまでも残酷な存在
いつまでも縛られ、踊らされ続ける私達に未来はあるのでしょうか・
・・?