幸せをのせた風




「私は何も変えないと決めたの。何も変えず全てを見届ける為に生きてきたのよ。」
「それが・・・たとえ貴方の死を含んでいたとしても・・?」
「「「!!」」」


ジェイドの言葉にハッとしたのはルークたちのほうだった。
もし、ヴァンの計画が成功したら、この世界はレプリカだけになる。
もちろん、彼女とて生きてはいられない。
何もかもなくなる世界が待っていたとしても、それでも何もせずにいられるものだろうか。
もしここで彼女がNOと言えば、今のところヴァンの計画は失敗するという未来が強いということになる。
もしかしたら・・・
しかし、そんな淡い期待は、あっさりと打ち砕かれた。

「残念だけど、私にとって死はすでに恐ろしいものではないわ。もう・・・怖くなんてないのよ」
「そんなのありえませんわ!死を望むものなどおりません。だから生きているのでしょう?」
「導師イオンだって死を恐れたから未来を変えようとしたんだろ?」
「イオン・・・ね・・。そうね、あのころは私だってそうだったでしょうね。」

もしあの時自分の死が預言されていたら、必死になって抗っただろう。
ただ、彼と生きたいと思っていたあのときなら・・・
けれど、もう私の望む未来など訪れない。
彼がいなくなったあのときから、私は私の死などどうでもよくなってしまった。
むしろ、早く訪れて欲しいと思ってしまうようになっていた。
彼のいない“今”ほど苦しいものはなくて、世界に幸せを見出せなかった。
大人のふりをしていたけれど、私達はまだ子供だった。
互いに依存しあわねばいられなかった。
依存しすぎて、今はもう壊れてしまったのかもしれない。
私の心はずっとあのときに置き去りにされたままなのだから・・・

「私はただ約束を守るためだけにいるのだから・・」
「だが、その約束はもう終わりだ」
「ヴァン・・・!?」

木の陰から現れたのは栗毛の男。
全ての元凶たるヴァンデスデルカだった。
その後ろにはティアの師たるリグレットの姿もあった。

「教官まで・・・一体何のようなのですか?!」
「今回はお前に用はないさ。メシュティアリカ」
「あなたの目的はこれでしょう?」

ヴァンの代わりに言ったはこぶし大の石を取り出した。
未来を示す第七譜石をみると、とたんにヴァンの目が鋭くなる。

「あの時以降姿を消したお前が生きてそれを持っていたとはな・・・。
とっくにイオン様の後を追ったかと思っていたぞ」
「約束がなければそうしていたかもしれないわね」
、それは渡しなさい。」

高圧的に言ってくるリグレットたちに、ははっきりと"No"と答えを返した。
緊張感の漂うその雰囲気の中で、は自分を見失わないよう気丈に振舞った。

「あなたに渡すつもりなんて毛頭ないわ。
第一、預言を否定するあなたがこれを手に入れてどうするつもり?」
「預言など必要ないさ。用があるのは譜石にこめられたユリアの力だ。」

第七譜石は他の譜石とは違い、完璧に未来を示す。
本来なら一度刻まれた文字が変わるなどありえないのだが、それをユリアの力が可能にしていた。
第七譜石は譜石としてだけでなく、パワーストーンとしての意味も持っているのだ。
ヴァンは体内に取り込んだローレライを押さえ込む為にユリアの力を欲していた。

「それを渡すんだ、。お前とてイオン様を奪った預言が憎いのだろう?
お前の力なら十分役立つ・・こちら側に来るつもりはないか?」
「確かに預言は大嫌いよ。でも・・・それ以上に私はこの世界に興味がないの。
壊れてしまったって、繁栄したって、どうなったっていいのよ。この世界のために何かをする気はないわ」

だからあなたと手を組む気もないと言外に伝えると、ヴァンはまるでその答えが分かっていたかのようにため息を吐いた。
そしていつでも攻撃できる体勢をとる。
それに続くようにリグレットも双銃を構えた。

「力ずくか・・・。相変わらずなのね、ヴァン。だけど、私を思い通りにできると、本当に思っているの?」

言うが早いか自分も腰を落として地にしっかりと足をつける。
そして右手に意識を集中させると、淡い光のあとにロッドが現れる。
パシッと勢いよく掴むと、手のひらにはひんやりとつめたい感触がする。
久しぶりに握るロッドは、それでも手のひらにしっくりと収まった。
違和感のない懐かしい感覚に思わず苦笑がもれる。
まだ、戦える。
守る存在がなくても、そう簡単に体は動きを忘れてはいなかった。

「――――――」

足元に光る譜陣を刻み始めると、それに答えるかのようにヴァンが剣を抜いて駆けてくる。
あっけにとられるルークたちと詠唱を止めようとするヴァンを尻目に、私はただ音素を紡ぐ。
低級譜術でも中級譜術でもだめだった。
上級譜術でなければいけない。それでなくては到底無理・・・
しかし、それは長時間の詠唱を必要とした。
本来なら前衛の補助があって初めて譜術というのは活きてくる。
けれど、今ここにそんな者はない。
補助なしで、となると純粋な詠唱の早さが問われる。
しかし、向かって来るヴァンはそこそこに距離が合ったというのに、それすらものともせずかなりの速さで突っ込んでくる。
間に合うかどうかはぎりぎりのところだった。
敵は目前
そしてこちらも譜陣が描き終わる
後は発動するだけ・・・
間に合うか?いや、間に合わせなくては。

「――ジャッジメント!!」

神の審判が高らかに告げられた。







***




「何で・・・だよ・・」

激しい光が収まったとき、目の前に広がったのは信じがたい光景だった。
ヴァンに斬られ、地に伏す
そして・・・無傷でを見下ろすヴァンの姿。

「そんな・・・確かに譜術は発動していたわ!」
「ジャッジメントで無傷だなんてありえないよぉ!総長はなんかマル秘アイテムでもあるわけぇ?!」
「いえ・・・そいういうわけではにようですよ」
「えっ?」

よく見てください、というジェイドの言葉に従ってよく目を凝らすと驚いているのは彼らだけではなかった。
相対していたヴァン自身も信じられないものでも見るかの様な顔でを見ていたのだ。
彼の後ろに控えていたリグレットは静かにのすぐ側にひざをついた。
そして、地面から何かを掬い取り、手のひらへとのせた。
が、それはすぐに風に乗って散ってしまう。
きらきらと輝く不思議な粉・・・
それに一瞬だれもが目を奪われた。

「はじめからこれが狙いだったのか」

我に返ったヴァンが尋ねるとは苦しげに・・・それでも口元には笑みを浮かべてヴァンを見た。

「言った・・・でしょ・・?あなた にはわたさない・・って」
「最後の最後まで私の邪魔をするんだな・・・
こうなってしまってはもう何の意味もない」

そういい残すとヴァンはリグレットと共に怪鳥で飛び立っていった。
最後にもう一度だけをみたヴァンの表情は、どこか・・・・悲しげだった

「これが・・あなたの目的だったのですか?」
「そう よ。ヴァンの手に渡らないようにするには・・・壊すしかないもの」

今使える最大の譜術ジャッジメント
本来なら広範囲に降り注ぐそれを一本の道筋にしてようやく粉砕できる。
それほどに硬く、またユリアの守りが強い石。
ヴァンに渡すわけにはいかなかった。
まして、ルークたちに託すなど問題外だ。

「知っていたんじゃないのか?・・・君が、今日死ぬってこと・・・」

ポツリとつぶやくように問いかけたガイに、一同はハッとしたようにを見た。
もし・・・もし預言に読まれていたとしたら。
分かっていてここにきたとでも言うのか。
死ぬ為にここにきたとでも・・・・?

「だから いった でしょ?"変えるつもりはない" って」
「もう、十分なのよ・・・十分生きた・・・だから・・・約束を終えるのよ」
「あなたはずっとそのために・・?」

は何も言わなかった。
ただにっこりと微笑むだけ。
それはしゃべるのすら億劫だっただけかもしれない。
でも、彼女の表情だけで、答えは分かってしまった。
言葉なんて必要なかった。

『信じてください  預言ではなくあなた自身を
諦めてしまわないでください  全てが終わってしまわないように
感じてください   今ここにある平和という幸せを
忘れないでください  あなたは一人ではないということを
そしてどうか伝えてください
あなたが今ここにいて生きているということを
今ここに小さな幸せがあることを
気が付いたら顔を上げてみてください
あなたの進む道を見つけられるはずです
迷ってもいいんです
立ち止まってもいいんです
ただ、進むことを諦めてしまわないでください
いつかあなたに吹く風を
どうか見逃してしまわないで』


「イオン が まだ第 七譜石を 詠む前に 言っていた言葉よ・・・」
「イオンが・・・?」

あなたの知るイオンとは違うけど、とは苦笑をもらした。
でもすぐに真剣な表情に戻ると彼らに言った

忘れないで







自分はもう死ぬんだ
ようやく終わる
この長い長い約束という鎖から今解き放たれる
本当に長かった
そう今更ながらに感じた
世界を自分の命続く限り見届け、そしてイオンの言葉も残せた
ルークたちに必要なのは預言ではない。
彼らは預言を壊す存在。
だから、そんなものより彼の思いを渡した
まだ壊れてしまう前の、優しくて真っ白だったイオンの心を





風が吹く

たくさんの色を巻き上げる風
あぁ、花が散ったのだとそう思った
けれど、そこにまぎれるかのようにぼんやりと緑が見えた

えっ?

目の錯覚なのか
けれど瞬きを何度しても消えない温かい緑
懐かしい色

「イオン・・・?」

呼びかけても何も言わない
だけど、彼はにっこりと笑ってくれた
そしてゆっくりと手を差し伸べる

「迎えにきてくれたの・・?」

ツゥっと涙が頬を伝った

あぁ、ようやく私は・・・・

あなたのもとへかえれる



愛しているわイオン。今度こそあなたの側にいさせて?







イオンの言葉
それは俺の心に確かに響いた
それは俺に向けられて言葉ではなかったはずなのに、まるで彼がそのために残しておいたかのように俺の心に届いたんだ
あぁ彼は導師だったんだ
あの優しい少年のオリジナルだった少年も、同じくらい優しくて美しい人だったんだ
ずっと描いていた導師イオンの姿が、オリジナルの彼の印象が変わった

優しくて、だからこそ耐えられなかったのかもしれない

ふとそう思った
俺だって怖い
近いうちに確実に訪れる消滅という終わりがとてつもなく怖かった

彼は世界の消滅を求めて
俺は世界の生存を望んだ

ただ、それだけの違い。
目の前に広がる終わりから逃れたくてもがき続けて、そしていなくなるのだ

イオンの言葉は希望を含んでいて
俺はいつも救われていた
おかしいよな
別の人なんだ
俺の知ってるイオンじゃないのに
やっぱり俺はイオンの言葉に救われた
諦めないで進もう
そう思えるものがあった

そんな考えにふけっていたとき
ふとの様子がおかしいのに気づいてその視線の先を見た




目の錯覚かと思った

そこにはおぼろげにではあるけれど確かにいたのだ。
見慣れた―いや、俺の知らない緑色が

彼がイオン・・・?

彼がどんな表情をしていたのか、彼女に何かを言っていたのかすらも俺にはわからない。
けど、唯一つ確かなことがあった。
彼女がずっと求めていたものがそこにあったんだ。

イオンが手を伸ばす
それに答えるようにも傷ついた体を必死に動かしていた。
ゆっくりと
けれど確実に
彼女はまっすぐイオンに手を伸ばした。
はイオンだけを見て、イオンだけを望んだ。








伸ばした手は確かにイオンの手を掴んでいた。