貴方の生まれた日
「そういえばもうすぐヒノエくんの誕生日だよね。」
それは望美が唐突に発した言葉だった。
いつもと変わらない朝を迎えて。
いつもと同じように自然に望美とたわいない話を繰り広げていたわ。
そんなときに、望美は何気なくそんなことを言ったの。
「誕生・・日・・?」
望美の言う言葉にはたまに私のわからない言葉が含まれていて、私たちは首をかしげることが多々あったわ。
今回の“誕生日”というものもそれで。
私が聞き返すと、またやっちゃった・・と苦笑しながら説明してくれた。
それによると、彼女たちの世界では生まれた日を誕生日とし、毎年その日に年をとっていくんだとか。
それに、その日は一つ成長しためでたい日としてお祝いをするんですって。
「誕生日には、両親とか、友達とかが誕生日プレゼントとしていろんなものを贈ったりするんだよ」
「まぁ・・・望美たちは面白いことをするのね。」
私たちは年を越すごとに皆一つ年をとっていくから、彼女たちのような習慣はない。
だから生まれた日というのはあまり重要視しないもので・・・その話はとても新鮮で興味深かったわ。
「でね、ヒノエくんは4月1日が誕生日だって聞いたから・・なにをあげたら喜んでくれるかなって考えてたんだけど・・・」
ヒノエくんっていまいちよく分からないのよね・・と望美は苦笑いをしていた。
私もそれには同感だった。
ヒノエ殿はいつもさらりと誤魔化していて、彼について知っていることはとても少ないの。
それでいて彼は私たちや、出会った女性皆に優しくしてきて。(というより口説いてくるという方が正しいわね。)
それはとても手馴れているというのに、まだ17というのだから不思議なものよね。
一見すればそれほど大人びているようではないのに、ヒノエ殿の発する雰囲気が彼を必要以上に大人びて見せていた。
「そうね・・。でも望美が心をこめて選んだものなら、どんなものでも喜んでくれると思うわよ。」
過剰と思われるほどに女性に優しい彼なら、どんなものであっても甘い言葉を発しつつ受け取ってくれるだろう。
贈り主が望美なのだから、余計に心配することなどない。
「そうかなぁ・・。私よりも朔の方が喜んでくれると思うよ?」
「えっ?・・そんなこと、ないと思うわ。」
望美が不安なのかと思って私がそう答えると、彼女は小さな声でぶつぶつと何かいっていたわ。
それは本当に小さくて、よく聞こえなかったのだけど。
朔は鈍いんだから・・とかなんとか。
まぁ!私は鈍くなんてないわよ。
むしろ譲殿の好意に気づかない望美の方が鈍いと思うわ。
もっともそれは心中でつぶやいただけで、彼女には伝えなかったけれどね。
だって譲殿は応援したいけれど、勝手に思いを伝えてしまうのはよくないもの。
「もう、とにかく!朔も何かヒノエくんにプレゼント、用意しておいてね!!」
「えっ?なんで私まで・・」
反論しようと思ったのだけれど、彼女は私に言いたいことだけ言うとその場から小走りでいなくなってしまった。
追いかけようかと思ったのだけれど、望美にはいつでも会えるのだからと後回しにしてしまったの。
だけど、次に会ったときから望美はその話題になると逃走してしまようになったの。
しかも何とか望美を捕まえたと思ったら、なぜか弁慶殿や将臣殿たちが話しかけてきて。
それに対応しているうちに彼女はいつの間にかいなくなってしまっていたわ。
「あれ、望美さんに用があったんですか?すみませんねぇお邪魔してしまって。」
にっこりと笑ってそういう弁慶殿は彼にしては珍しいほどにゆっくりとした動作をするものだから、余計にかんに触ったのだけれども・・
だからといってこの状態の彼に用がないなら早くどいてください!などということもできなくて・・・
結局その日も望美に逃げられてしまったわ。
***
「はぁ・・・」
今日は例の日。ヒノエ殿の誕生日だ。
あれから結局望美と話し合うことができなくて、結局贈り物を用意したのだけれど・・・
気が重くなってしまうのは仕方がないことよね?
「はい、ヒノエくん。誕生日おめでとう!」
にっこり笑って望美が手渡したそれを、私の予想どおり笑顔で受け取ったヒノエ殿。
もちろん、あま〜い口説き文句というお返事つきだったわ。
それに真っ赤になった望美はやっぱりかわいらしかった。
ほんと、あんなふうに素直になれたらいいのに・・・
「朔!!ほら、朔も用意してるんでしょ?」
唐突に私に声をかけてきた望美は満面の笑みを浮かべていた。
大声で言った彼女の声はもちろん全員に聞こえていた。
いっせいに皆の視線が私に集まって、とても居心地が悪い。
「ちょ、ちょっと望美・・!?」
だけど望美はそんな言葉なんて聞かないで、にこにこしながら私の腕を引っ張った。
ぐいぐいとその細身の体のどこからそんな力が出てくるのか不思議なほどの力で引っ張られて、私はいつの間にかヒノエ殿の目の前に連れてこられていたの。
「朔ちゃんもオレに贈り物をくれるのかい?」
驚いたような表情で聞いてくるヒノエ殿になんといえばいいのか戸惑ったわ。
だって、こんなに皆の見てる前で渡すのってなんだか気恥ずかしかったのだもの!
しかも数人は望美と同じようにたくらみが成功した〜って言うような笑みを見せていて・・・
思わずその人たちに恨みがましい表情を向けてはみたものの、だからといってこの状況が改善されるわけもなくて。
おずおずと一つの箱を渡したの。
ヒノエ殿はそれをうれしそうに受け取ると、やっぱり微笑んで言ったわ。
「ふふ・・朔ちゃんからの贈りものがもらえるなんて、オレも幸せものだね。こんなにも麗しい姫君が選んでくれたものだからね、これが朔ちゃんだと思って大切にするよ。」
「ヒノエ殿!!私は別に・・望美に頼まれたから用意しただけです!」
自分が言われるとなるととても恥ずかしくて、気がつけば私はそう言って誤魔化していた。
自分でも赤くなっていることが分かっていたから、きっと説得力はほとんどないと分かってはいたのだけれど。
だけどそうでもしないととてもじゃないけどあの場にいられなかったのだもの。
「それは残念・・でも神子姫に頼まれたっていってもオレの為に選んでくれたってのは変わらないよね?それだけで十分だよ」
「もう・・知りません・・!」
恥ずかしさが頂点に達して、私は思わずそう言って兄上の後ろに避難してしまった。
兄上は驚いておろおろしていたのだけれど、珍しく頼られたことがうれしかったのかしら。
すぐに私を必死に後ろに隠そうとがんばってくれたわ。
***
「もう・・望美ったらいくらなんでもあんなふうにしなくてもいいのに・・」
庭の花を見ながらぽつりとつぶやいた。
あの後、わいわいと皆騒いで彼の誕生日を祝っていたのだけれど、私はさっきのことがあったから、こっそりと庭に抜け出してきていた。
こうして花を見ていると不思議と気持ちが落ち着いてくるもので。
恥ずかしさが薄れてくると、少しの後悔が生まれてきた。
「あんな風にいってしまって・・・ヒノエ殿に悪かったわね・・」
気恥ずかしくて思わず頼まれただけだといってしまったが、それはもらったほうとしてはさぞ複雑な心境だっただろう。
それでも彼は嫌な顔をせずに優しい言葉をかけてくれた。
あの時はただ恥ずかしくてそんなこと気にもしていなかったのだけれど、こうして思い返してみるといろいろ考えさせられる。
「もう少し・・私も素直になれたらいいのに・・」
あの贈り物だって、本当はそれなりに楽しんで選んでいたのだ。
きっかけは望美の言葉だったし、突然頼まれて戸惑いもした。
望美と話す機会もなくて、半ば無理やり頼まれたようにも取れるやり取りではあったけれど、途中からこのまま彼女と話せなければいいと思っていたのも事実だ。
望美ときちんと話し合えば、私は素直になれなくて、きっとなんだかんだといって断ってしまう。
だから・・・私は毎日必死に望美を捕まえようとしつつも、それは本気ではなくて。
仕方がないからと自分自身に言い訳をしてヒノエ殿への贈り物を選んでいたのだ。
本当は、彼女から誕生日の話を聞いたときから彼への贈り物をしたいと思っていたのに。
望美みたいに、自分の気持ちに正直になれたらどんなにいいだろう。
彼女みたいに、彼に優しく微笑んであげられたらいいのに・・・
「私には・・無理だわ・・」
「何が無理なんだい・・?」
「望美みたいにはできないってこと・・ってヒノエ殿?!いつからそこにいたの?!」
バッと後ろを振り返ると、そこにはいつの間にかヒノエ殿がいたの。
先ほどまでは確かにいなかったと思ったのに。
「今来たところだよ。庭に出てみたら朔ちゃんが難しい顔して悩んでいるから、何かと思ってね。」
「でも・・ヒノエ殿が今日の主役でしょう?こんなところに来てしまっていいの?」
彼の誕生日を祝っているというのに、その当人が抜けてきてしまっては意味がないではないのだろうか。
そう私は思ったのだけれど、彼はにっこり笑って、大丈夫って言っただけだった。
「それよりさ・・朔ちゃんは望美のようになりたいのかい?」
「・・・そうね。彼女のようになれたら、とは思うわ。」
望美のようになりたい。
彼女になりたいわけではないけれど、たまに無性に望美がうらやましくなるときがある。
特に望美のあの素直さや、それでいて凛として強いところ。
私が持っていないものだから・・・
「望美は朔ちゃんにとってまぶしく見えるかもしれない。だけど、オレにとっては朔ちゃんもとても輝いて見えるよ。」
「そんなこと・・」
私なんかがそんな風に見えるわけない・・そう思ったのだけれど、ヒノエ殿は言葉を続けた。
「朔ちゃんが自分のことをどう思ってるかは分からないけれど・・そんなに卑屈になることはないんじゃないかい?
朔ちゃんは、自分が思ってるよりいいところがたくさんある。自分では分からないかも知れないけど、オレはそんな朔ちゃんに助けられてきているしね。」
そう言って微笑んだ彼。
その言葉はなぜか自然に私の中に広がって、心が穏やかになっていったの。
あんなに考え込んでいたのが嘘みたいに、もう、そんなことどうでもいいって思えるようになったわ。
私は私でしかなくて、望美のように強くも正直にもなれないけれど、それでもいいな、って。
「ありがとう、ヒノエ殿。」
するっと感謝の言葉がでてきて、自分でも正直驚いたわ。
だって今までどうしてもヒノエ殿には素直になれなかったんだもの。
どうしても、彼のあの性格が許せなかったからかしらね。
「オレの言葉で朔ちゃんが元気になったんならいいさ。」
ふわりと微笑むヒノエ殿に、私はもう一つ勇気を振り絞った。
彼に伝えなければいけないことがあるのだから。
「あの・・先ほどはごめんなさい。私、嫌々選んだのではないのよ?むしろとても楽しんでいたの。その・・」
どうしても気恥ずかしくて・・と続けようとしたけれど、私がその言葉を発することはなかったわ。
先ほどまでは大人びた表情で私を見守っていたヒノエ殿。
だけど、今は年相応の少年の表情で、顔を赤く染めていた。
こんなヒノエ殿を見るのは初めてで、思わず戸惑ってしまったのだけれども。
たまにはこんなことがあってもいいなと思ったわ。
だって、いつもは私たちが彼に振り回せれているのだから、たまにはいいでしょう?
それに・・私はヒノエ殿が必死に背伸びしているときよりも、年相応の顔をしているときの方が好きなのかもしれないわ。
大人びたヒノエ殿も、少年のヒノエ殿も、どちらも貴方で。
きっと両方なければヒノエ殿ではないんだわ。
そんなヒノエ殿に、私はどんな風に見えているのかしら。
ふとそんな疑問が浮かんできたのだけれど、それは私の心の奥底で、ずっとずっと眠っています。