明るい笑顔
ちょっとしたことでもうれしそうに微笑みを浮かべる。
「どういたしまして、オレの姫神様」
いつもどおりふざけたように言葉を返した。
あんなにもまっすぐな気持ちを向けられるのはすごく久しぶりだったからかもしれない。
昔は当たり前のようにもらっていた母上や・・親父からかの愛情。
今でももらってはいるけれど、それは子供のころのように表立って出てくることはなくなった。
それはオレが大人になった証拠。
それはオレがこの熊野の別当として頂点に立っている証。
だけどどうしてだろう。
オレはいつまでたっても引退したはずの親父を超えられない。
どれだけがむしゃらになったところで、それすらも親父の予想のうちでしかないように思えるのだ。
さりげなく手助けをくれる優しさがオレには無性に痛かった。
大人になりたいと、しっかりしなくてはと思えば思うほどずるずると底なし沼にはまったかのように抜け出せなくなる。
いつしかがむしゃらになることをやめた。
いつも余裕があるように見せて、大人すらも軽くあしらって。
それが大人だと思っていた。
けれど口先だけが、表情を隠すことだけがうまくなるだけで根本的には何も変わっていなかった。
大人でもない。
子供でもいられなかった。
甘い言葉をささやけば簡単に想いを寄せてくる女たちがいやだった。
満たされることのない心が悲鳴をあげる。
だれもそんなオレには気づかない。
気づかせてはいけなかった。
「大丈夫?」
そういわれることはオレの無駄に高いプライドを刺激するから。
彼女は知っていたのだろうか。
いや、感じとっていたのだろう。
何も言わずただずっと側にいてくれた。
オレの様子がおかしくても
「どうしたの?」
という一言さえ言わなかった。
ついこぼれてしまうその言葉さえ彼女は言わなかった。
ただ側にいていつもどおり笑いかけてくれた。
「ヒノエなら大丈夫だよ」
そういわれているような、温かい微笑を。
オレはたくさんからもらっていた。
部下と両親に囲まれたオレの生活が変わった。
彼女はオレの下につくものではないのだから。
それどころか違う世界を守る神だと言った。
この世界も支えてくれる龍神なのだと。
に隠す必要なんてなかった。
彼女が人ではなく神だったから。
神に隠し事を仕様なんて思わないだろ?
そしては神でありながらとてもオレたちに近かった。
幼げな言動、そこに隠された強さ。
まるで人のような、それでていやはり神なのだと感じさせるその様子。
自然とオレは悩みを打ち明けることができた。
もちろんあからさまに相談したりするんじゃなくて、さりげなく、ではあったけれど。
真剣に考えて応えてくれるの姿やその言葉に、どれだけオレが救われたことだろう。
寂しさでぽっかりと明いていた穴が徐々に埋まっていく。
「!」
「なーに?ヒノエ!」
呼べばいつだって応えてくれるキミがなによりも大切になっていた。
オレはもう独りではなかった。
「いや、呼んでみただけだよ」
「変なヒノエー!そうだ、桜見にいこうよ!ね、今すぐ!!」
そのわがままは他のだれのわがままよりもかわいらしくて嫌だと思ったことはなかった。
だってそれはオレのためのわがままだった。
俺の心身を休ませてくれるためのわがまま。
「どこまでもお供しますよ、オレの姫神様」
手を伸ばすと躊躇わずに掴んでくれる手がある。
その小さな手の温かさが心にしみて凍った気持ちを溶かしていく。
「許します、ついてきて!」
俺の軽口に合わせて、同じように返してくる。
それは言葉通りの偉そうな態度ではない。
本当にうれしそうに笑って手をぐいっと引っ張ってくれる。
その輝いた笑顔にオレもつられて顔が緩んだのが自分でもわかった
大丈夫。
もうオレは寂しさに心を振るわせる子供じゃない。
がいるからオレはオレでいられる。
つくりものじゃない本当のオレで生きていける。
何度立ち止まってしまっても
隣に彼女がいる限り、オレは何度でも立ち上がって歩き出せる。
その笑顔がオレの道しるべになってくれるのだから・・・・
彼女の微笑みはオレの未来を照らす光