「きゃー!!」
早朝の宿に望美の悲鳴が響きわたった
その直前まで穏やかな朝日を浴びていたり、眠気眼をこすっていたりとそれぞれに過ごしていた男衆は誰一人の例外もなく部屋を飛び出した。
どたどたどたっと騒々しい足音とともに声の元…女部屋へと駆け込んだ。
「どうした!?」
「何があったんですか?!」
「大丈夫か?!」
スパンっと小気味よい音をたてて襖を開けると、そこには布団の上で見知らぬ男と見詰め合っている望美の姿があった。
少しはなれたところにはそれを呆然と見ている朔とこんもりとふくらんだまま身動き一つとらない布団の塊が一つ。
とりあえず朔とは無事だろうということを確認した一同はスチャッと望美と男に向き直ると今にも武器を向けそうな勢いで問い詰めた。
「お前、何者だ!」
「春日先輩に何をしたんですか!?」
「わ、わたしは…」
あまりの勢いにオロオロするだけの男に助け舟を出したのは意外にも望美だった。
唖然としていたそれまでとはうってかわって、あわてた様子で男と八葉との間に割ってはいる。
「みんな、落ち着いて!この人は白龍なの!」
「「「はぁ?」」」
「白龍って…あのちっこい?」
「どう見ても白龍だとは思えませんけど…」
思わぬ言葉に信じられない彼らだったが、次の彼女の言葉には何も反論できなかった。
「彼は白龍よ。力が戻ったのね…あの人にそっくりだわ」
成長した白龍は今は消滅してしまった朔の恋人…黒龍にうりふたつだったのだ。
その彼女がどこか懐かしげで、寂しげな、そんな表情で白龍だと肯定したのだからそれを疑う余地などなかった。
そしてそれにくわえるかのように白龍のちょっと人とは違う言動もあらわになり、彼が白龍なのだと認められた。
「それにしても…この騒ぎの中で爆睡とは…ある意味すごいな」
問題が一つ片付いてようやく余裕が出来たのかその視線は自然といまだ眠り続けるの元へと向かった。
これだけの騒ぎになったというのに身動き一つとらないに呆れかえった九朗は、しかたなしに近づいて布団を軽くゆすった。
「おい、いいかげんに起きろ!」
「んーーーーっ」
最初は優しく揺らしていた九朗だったが、なんどゆすっても起きる気配のないに次第に力が入る。
だんだん強くなるゆれにようやくもそもそと反応を示しはしたが、それでも起きる様子はない。
それを何度も繰り返すうちに九朗の眉間にしわが刻まれる。
「いいかげんにしろ!!」
もともと気が長い方ではない九朗は無理やり起こすことに決めたらしい。
バサッと勢いよくの布団を剥ぎ取った。
「いつま――――うわぁぁぁ!!」
いつまで眠るつもりだ、と続けようとしたその言葉は途切れ、かわりに驚きの声と共に九朗が後ずさった。
九朗が剥ぎ取ろうとした布団は彼の手を離れ、ふわりと一瞬浮いた後に重力に従っての元へとかぶさった。
「ん――――」
もぞもぞと動くと、真っ赤になって口をパクパクとさせている九朗。
すこし後ろで見ていた当事者以外の人達にはまったくもってどういうことだか分からない。
「九朗さん、どうしたんですか?」
いぶかしげに問いかける望美に、されど九朗は何も答えられなかった。
驚きが大きすぎて、咄嗟に何の言葉も出てこなかったのだ。
その様子をみて、少し考えたそぶりを見せた弁慶は九朗とを交互に何度か見やる。
「…大方予想は付きましたが…九朗はあいかわらずですね…。望美さん、を起こしてください。」
「え、はい、わかりました」
なんとなく事態が飲み込めた弁慶は小さくため息をつきながら望美に指示を出した。
望美はなぜ自分が?という思いはあったが、指名されたので軽い気持ちでおこしに行った。
もちろん、ゆするだけでは起きないのは実証済みなので九朗と同じように布団をめくった。
彼女と九朗の違うところは驚きながらも布団はきちんと剥ぎ取ったという点だろう。
それによってあらわになったの姿に、後ろからうかがっていた一同も思わず驚きの声を上げた。
「…だよ、ね?」
「えぇ、十中八九まちがいなくですよ。
もっとも誰にも気づかれずに彼女を誘拐し、入れ替わるだなんて酔狂かつ難関なことをするような人がいなければ、の話ですがね。」
思わず確認したくなってしまうのも無理もないだろう。
布団をめくったその先にいたのが見慣れた小さな女の子ではなく、手足をぎゅっと抱き寄せるように丸まっている知らない女性の姿だったのだから。
白龍に力が戻ったとほぼ同時に、彼女にもある程度の力がもどったのだ。
力が満ちれば、当然それまでのような小さな器では力をおさめることも出来ず、自然と成長というかたちをとったらしい。
「ん…さむい…?」
夏とはいえそれまで布団で暖められていたからだがいきなり外気に触れればそれなりにひんやりとするものである。
その温度差にようやく目を覚ましたは眠そうに目をこすりながらも起き上がった。
そしてボーっとしたままで、周りに集まっている一同を見回した。
数秒のタイムラグののち彼女は不思議そうに首をかしげた。
「…何か、あったの…?」
「何かあったのはお前らだろ…」
あまりにがマイペース過ぎて怒れるとかを通り越して脱力してしまった。
半分は寝ぼけているのだから仕方ないのだが、それにしたって自分の変化ぐらい気づかないものだろうか?
ここまで無頓着だと騒いでいるこちらの方があほらしくなってくる。
思わずこめかみを押さえたのは一人や二人ではなかった…
「ほら、顔洗っていらっしゃい。話はその後にしましょう」
「うん、わかった」
朔の言葉に頷いて部屋を出て行く。
彼女の姿が見えなくなると同時に方々からため息がこぼれた。
これはちょっと面倒なことになるかもしれない。
そんな予感が何ともなしに誰もの頭によぎった。
「見た目が変わっても中身はあんまりかわらないね」
ポツリともらした望美の言葉はそのままその場にいた者達の心情を代弁したようなものだった。
一行に訪れた変化は大きかったのか、小さかったのか。
果たしてそれはこの先にも何か変化を起こすのだろうか。
だれも知らぬ未来。
されど確かにこのとき、今までとは違うかぜが空を包んでいた。
この力で守りたいものがある。そのために、私は……
