「んっ・・・?」




眼を覚ましてはじめに見えたのは男の人だった。



赤毛の男・・・あの時の人だ。



まだうまく回らない頭であたりを見回そうとキョロキョロするが、どうにも見覚えのない場所。
気を失ったはずの場所でもなければ、彼女の知っている場所でもない。


彼女がそうやって考えこんでいると、湛快が彼女が眼を覚ましたことに気がついた。




「やっとお目覚めか?できれば服を離して欲しいんだが」




言われて自分の手を見ると、確かに彼の服をギュッと握り締めていた。
あわてて手を離して謝ると「気にするな」って笑った。




「嬢ちゃんはなんであんな所にいたんだ?あの辺は怨霊が溢れてるってのをしらなかったのか?」




優しく問いかけてきた湛快。


けれど彼の眼はどんな些細な動きも見逃さないような鋭いものだった。


だれのうそも通用しない。
そう誰もに思わせる瞳。




「白龍の力に引きづられて私はここに来たの。だから降りる場所、決められなかった。」
「はぁ?!」

「私、京に来るのは初めてどんなところかよくわからないの。いつも応龍と狭間から見守っていただけだから・・・」
「お・おいちょっとまて。白龍とか応龍って・・・」

「・・・・?知らないの?京を守護する龍神だよ」




驚いたように言った湛快の様子を、龍神を知らないためだと勘違いした彼女はそう答えた。
彼は、知っているといった後、「嬢ちゃんは何者だ?」と問いかけた。




「私・・・?私は黄龍と呼ばれいているよ。四神を束ねる龍だから。」







*****








偶然だったんだ。


熊野を馬鹿息子にまかせて、久々に京の都を訪れた。
それはただの気まぐれで、数人の気の合う奴らと出かけたんだ。


ついでだから今の京の様子でも見ておこうと思って、怨霊が出没するというあの場所にいった。
するとそこには一人の少女がいて、周りには怨霊の群れ。
彼女は怨霊に襲われていたんだ。


何でこんな所に、とかそんなのよりまず助けなきゃいけねぇって思った。
なんとなくだけど、絶対こいつは守らなきゃいけねぇって思ったんだ。



あわてて助けに行けば、何か不可思議なこと言って気を失っちまって事情を聞くこともできなかった。
放り出していくわけにもいかねぇし、なにより俺の服をしっかり握ったまま眼をさましゃしねぇ。
だけどこれ以上京にとどまるわけにも行かなくて、仕方なくこの子も熊野に連れ帰ったんだ。




そうしたら、龍神だとかぬかしやがった!


確かに尋常じゃない神気は感じるが、まさか黄龍とは・・・
しかも話を聞いてみれば不可抗力で流されただけ。
だから戻る力もないのだといった。



おいおい・・・どうすりゃいーんだよ・・



また龍神にかかわることになるなんて、思ってもいなかったぜ。







***








「あぁー・・・まぁあれこれ考えててもどうにもなんねぇし、とりあえず力が戻るまでここに住んどけ。」




しばらく黙り込んでいた湛快が言ったのは意外な言葉だった。


はっきり言って、本当に神かもわからない怪しい少女にそんなことを言ってくれるとは思っていなかった。




「ここに・・・住んでもいいの?」
「ああ。」




にっこりと、笑った湛快。
それはとても温かくて、とてもうれしくなった。




「親父」



すっ・・・



突然ふすまが開いて、一人の少年が中に入ってきた。


湛快と同じ紅い髪の人。
彼からも心地のいい気があふれ出ていた。




「湛増、来たのか」
「あぁ。やっと姫君が目を覚ましたのか。」
「おう。今日からここに住むことになった。ま、仲良くやれよ」




さらりと重大なことを言い切った湛快に湛増は驚きに目を見開いた。




「ここに住む?姫君の両親はどうしたのさ。」




彼女が目を覚ましたらすぐに親のもとに返す、と湛快は言っていたはずだ。
それがどうやったらこの家に住むという話になるのだろうか。




「それが嬢ちゃんは黄龍なんだ。しかも帰る力を失っている。」
「黄龍・・・・?なるほどね・・・ま、そういうことなら存分にくつろいでいきなよ、姫君。」




端的な説明だけで概要を理解した湛増は後半部分を黄龍に向けていった。




「俺は藤原湛快。この馬鹿息子の父親だ。」



ぐりぐりと湛増の頭をなでながらそういった。



「俺は藤原湛増。ヒノエって呼んでよ姫君。」



湛快の手から逃れた湛増はそういった。




「うん。湛快と・・ヒノエね。でも姫君って・・?」




二人を指差しながら名前を言って確認したあと、ヒノエに問いかけた。
そういう風に呼ばれたことのない彼女は、なんでそんな風に自分を呼ぶのか気になったのだ。




「姫君は姫君さ。女の子はみんなね。」




ウインクをしていったヒノエに彼女はふーんと返しただけだった。




「私、そんな風に呼ばれたの初めて。みんな私のこと黄龍ってよぶ。」




振られたなってヒノエのことを笑っている湛快に一発蹴りをいれてからヒノエはじっと黙り込んだ。




「・・?どうしたの?」




何かあったのかと問いかけてもなにも答えない。
不思議に思いつつもそのままじっとしていると、突然ぱっと身を乗り出してこういった。




!」
「「はぁ?!」」




考えこんだかと思ったら意味不明なことをいったヒノエに二人はあっけにとられた。


いったい何がなんだろうか。




「名前だよ名前。黄龍って呼ぶのもあれだろ?だからお前は。そっちのがお前に合ってるって。」




満面の笑みで言ったヒノエに湛快はなるほどなぁと納得した。




「馬鹿息子もたまにはいいこと考えるじゃねぇか」
「たまにはってなんだよ!」


「名前・・・・・私、・・?」




親子喧嘩に発展しそうだった二人もの様子にそれをぴたりととめた。


そして、二人そろってにっこりと微笑んだ。




「「お前はだよ。」」
、嬉しい!!私の名前、!!」




初めて満面の笑みで笑った
それは龍とか神とかまったく関係なくて、ただの愛らしい少女のようだった。



本当にうれしそうなに二人はそっと顔を見合わせて、笑った。


いつまでもという名前を連呼し続ける彼女。
そんなを優しく見守る湛快とヒノエ。




彼女があまりにもうれしそうにしているから、名前を与えるって言うことがどんなに重要だったかなんて二人は気づくことがなかった。



神に与えたその名前。


いったいそれがどんな意味をもつのだろうか。



彼らが知るのはずいぶんと先のこと。









今は、熊野大神のみぞ知ることだった。