「どうしたんだい?姫君。俺に何か用事でもあるのかい?」



黄龍だといった女の子を抱きかかえて帰ってしまったヒノエくん。
あわてて白龍に気を探してもらって、こうしてヒノエくんたちの宿にやってきた。
そうやって押しかけてきた私たちに、ヒノエくんはにっこり笑ってそういったんだ。


口調は今までと同じ優しいものだったけれど、どこか今までとは違うとげとげしさを含んでいた。




こんなヒノエくんは見たことがなかった。


前の時空では、いつも飄々としていてどこかつかみどころのない人だった。


私や朔、女性をみると無条件で優しくしてくれた。
私たちに向かって怒るなんてことはなかったし、冷たい表情を向けられてこともなかった。




だけど・・・。
今の彼は違った。


今、目の前にいるヒノエくんはあからさまに怒ったりはしない。

だけど、その目はどこか冷たい。

彼女と、私たちの間に座って、じっとこちらを見ている。
まるで私たちから彼女を守っているみたいに。


・・ううん、みたいじゃなくて彼女を守ってるんだ。
さっきみたいなことにならないように。
その証拠に、彼は九朗さんを一番警戒していた。
九朗さんは部屋にすら入れてもらえなくって、外で部屋の前を行ったりきたりしている。
それに文句を言わないあたり、彼も先ほどのことが悪かったのだと自覚しているんだろう。




「用事っていうか、その・・」




あのままそれっきりってことにはできなくって、ついこうして押しかけてきてしまったわけで、用事といわれてもうまくいえなかった。




「わざわざここまで来てくれたんだし、なにもないってわけじゃないだろ?」




笑ってるのに、笑ってなかった。

ヒノエくんの言葉に含まれたとげは確実に私たちの心を痛める。


私は何もいえなくなってしまって、ただうつむくしかなかった。




「ヒノエ、そんな風にいったら望美さんがかわいそうじゃないですか」




見かねた弁慶さんがそう言ってくれた。




「それじゃあまるで俺が姫君をいじめてるみたいじゃないか」
「ちがうんですか?僕にはそういう風に見えましたけど」



べつにそういうつもりじゃないってヒノエくんはいったけれど、やっぱりふしぶしにのこる冷たさは抜けなかった。



「あの、ちゃんと話がしたかったんです。ヒノエくんのことも、彼女のことも・・・」



ちらりと少女をみると彼女は横になっていたけれど、眠ってはいないようだ。
その証拠に目はパッチリとひらいていて、こちらの様子をじっとみている。



「はぁ・・・まぁあのまま放置ってわけにもいかないし、仕方ないからのことも説明するよ。」




しぶしぶとそういったヒノエくんをみて、弁慶さんは九朗さんを部屋の中に入れた。
それに嫌そうな顔をしたけれど、彼にも説明しなければいけないでしょう、と弁慶さんにいわれて何とか入れさせてくれた。










「じゃぁまず自己紹介から・・?」




なんとか円形上に座って話し始める準備はできたのだけれど、誰も口を開かない。

仕方がないので恐る恐る望美がそういうと、それがいいだろうとリズヴァーンが肯定した。



「私は白龍の神子で春日望美だよ」
「私は黒龍の神子、梶原朔よ」



神子コンビが手始めに言うと、やっと他の人も口を開いた。



「わたしは白龍だよ」
「俺は天の白虎で有川譲といいます」
「地の白虎で梶原景時だよ〜」
「僕は地の朱雀、武蔵坊弁慶です」
「俺は地の青龍源九朗義経だ」
「地の玄武、リズヴァーンだ」



一部の人のところでヒノエがにらみつけていたけれど、それ以外には問題は起こらずすんで人々はほっと安心した。


ただ、いつまでたってもヒノエが名乗ろうとはしなかったためしばし沈黙がながれる。
そのため先にが口を開いた。




「私は黄龍。今はと呼ばれているよ」
「・・俺はヒノエ。天の朱雀だ」




なんとか自己紹介も終わって、とりあえず場の雰囲気が落ち着いた。
多少のぴりぴり感は残っているがこれはまぁ許容範囲だろう。




「それで、やっぱり彼女が黄龍なんですよね・・?」



確認ですけど・・と恐る恐る言った望美。
ヒノエの視線が怖かったようだ。




「うん。黄龍だよ。この気は黄龍しかもっていないから」




白龍の肯定の言葉に、もう誰も信じられないとは言わなかった。
あれだけの力を見せ付けられて、しかも白龍のお墨付き。
これを疑ってはいったい何を信じるというのか。




「私は神子たちが京に呼ばれたとき、時の狭間にいた。白龍が神子たちを京に送るときに、その力に私の力が引きずられてしまって私も京へと飛ばされてしまった。
私が降りた場所は陰の気が特別に強いところだったから、すぐに怨霊に囲まれてしまって動けなくなってしまったの」



怨霊を祓う力さえ残っていなかったのだと、悲しそうにいった。


その続きを話したのはヒノエだった。




「動けなくなったを、たまたま見つけた俺の親父が助けたんだけど、は気を失ってしまったんだ。
親父はすぐに帰らなきゃいけなかったし、だからといってそのまま放置しておくわけにもいかなかったから熊野につれて帰ってきたんだ。」

「つれてきたって・・それって一歩間違えば誘拐じゃないですか?!」



思わず突っ込んでしまった譲にヒノエは俺が連れてきたわけじゃない、と冷たく返された。



「熊野は温かい気に溢れててとても心地よかったよ・・?」



だから問題なし、と言い切るにそういうものなのか・・?と疑問を覚えたが、既に済んだことなのでそれ以上突っ込まないことにした。



「幻想界に帰る力がなくて、私はヒノエの家でお世話になったの。それで、京にちょっと遊びにきたら神子たちに会ったんだ」




そうして今に至るのだといったに朔が質問をした。




「幻想界・・とはいったい何なの?」
「幻想界は私が治める場。聖獣たちの世界だよ。」
「黄龍は本来京にはかかわらない立場にいるけれど、力を貸してくれているんだよ」




だからこうして京を保っていられたのだという白龍に皆は驚きを隠せなかった。




「それじゃぁちゃんがいなかったら京は保てないってこと?」
「うん。四神は黄龍のおかげで京を守ってくれているし、わたしたちの力がなくなってきたときに、黄龍がいつも以上に力を使って守ってくれていた。」
「一時的にそうしておけば、いずれ応龍が生じて元にもどるとおもったから。だけど京はどんどん荒れてしまって、私たちの力を奪っていった。
もう、私にも、白龍にもどうすることも出来ないところまできてしまったの。」


「だから私が呼ばれたんですね・・・」




龍神の神子は京の危機に訪れるとは聞いていたし、そういうものだと納得していた。
だけど、そこまでひどい状態だったとは思っていなかった。


神でさえどうすることもできないのに、自分が京を救うことは出来るのだろうかと不安になった。




「確かに京の荒廃はすごいよ。だけど神子なら京を救える。私達にできないことが神子にはできるから。」



だから心配することはないのだと、そう言った
それはどうしようもなく不安だった望美を安心させるのに十分なものだった。



「うん・・・私、頑張るよ」





今度こそ絶対に京を救ってみせる。




望美は今まで以上にそう決心した。







「そういえば黄龍・・って?」




どういうことだか分からないと問いかける白龍にはにっこりと答えた。




「あのね、ヒノエが名前をくれたの!!黄龍って呼ぶよりそっちの方がいいからって。」




うれしくってたまらないという様子のに白龍も嬉しそうに微笑んだ。




「うん、じゃぁわたしもって呼ぶね。」



ほのぼのとした雰囲気を作り上げた二人に、周りの気も和む。
先ほどまでしかめっ面をしていたヒノエでさえ、思わず微笑んでしまいそうになるほどだった。



「二人はこれからどうするんだい?熊野へ帰るの?」
「もしよかったら一緒に行動しない?」



景時が切り出した言葉に、望美も続いた。



「うん、がいると心強いし、ヒノエは八葉だから神子と一緒にいるのがいいと思う。」


「八葉ねぇ・・・姫君の為なら喜んでって言いたいところだけど、俺にもいろいろとあるからねぇ・・」




熊野の別当としては、今回京へ来たのはただの様子見で、すぐにでも熊野へ帰るのが正しい選択だとは思う。
けれど、の立場や八葉としての立場を考えると、このまま神子たちと同行したほうがいいだろう。



“さて、どうしたものかな・・”




「どうしても無理なの・?」




望美が不安そうな表情でこちらを伺っていた。
よほどヒノエとに同行してほしいらしい。
のほうをうかがえば、ヒノエにあわせるよという返答が返ってくるだけ。




「はぁ・・・しょうがないね、俺たちも同行するよ。」
「いいの・・?ありがとう、ヒノエくん!」
「これでまた一人八葉がそろったね、神子」




うれしそうに騒ぐ一同に、ヒノエはただし、と釘をさした。




「ただし、今回みたいにを傷つけたら問答無用で俺たちは熊野へ帰るからな。」


「大丈夫だよ、はわたしが守る」
「そうだよ、は私だって守るんだから!」
「そうね、私だってお手伝いするわ、望美」




ぎゅっとを抱きしめていう三人に、はもう大丈夫なのに〜と不満顔。
それを見て、ま、俺も守るから大丈夫だろうけど、っといったヒノエ。


いつまでも抱きついてはなれない白龍たちをやっぱり引き離そうと四苦八苦していた。
それを八葉たちはほほえましそうに見ていたのだった。








白龍&神子コンビというある意味最強の護衛を得たことで、ヒノエの心配するようなことが起こる日は来ないだろう。