「ねぇまずいよ、三草山に平家の軍が集まってるらしいよ」



あわただしく駆けてきた景時は、深刻そうな表情でそう告げた。
ついに平家に動きがあらわれたのだ。



「京を目指しての進軍だって噂もでてきてる。」
「そうですか・・・京を戦場にするわけにはいきません。今のうちにこちらも攻めに回るべきでしょうね。」



その後すぐに軍議が開かれ、三草山への出陣が決定したのだった。









*****






「戦か・・・もうすぐ始まっちゃうんだね・・」



初めての戦に思わずそんな言葉が出てしまった。
怨霊を封印する為とはいえ、こうして戦場に立たねばならないのはどうしても気が引けた。


戦場に立てば、生きた人間とも戦うことになる。
それは避けられぬことだし、へたに避けようとすれば自分が傷つくことになる。
一瞬の躊躇は戦場では命取りで、絶対に戸惑ってはいけないと、九朗にも弁慶にも言われていた。




剣の稽古は好きだし、強くなりたいとも思う。
だけど、人を斬りたいとは、殺したいとは思えない。


守りたいのは京なのに、そこに住む人々のはずなのに、なぜその人たちを斬らねばならないのか。
ただ、この京の理が守られていればいいだけなのに。
そのためには、戦をせねばならないのか。



今を苦しんでいる人を助けるためには、この戦を終わらせねばならない。
源氏と平氏の争いを終わらせねば。


だけど、そのためにはまた戦が必要で。
そのためにまた一つ、また一つと命が消えていく。
それは強き陰の気によって怨霊となり、また命を奪う。


ひたすら繰り返されるそれは、とまらない、終わらない。
神子が封印したとて、それはこの京に存在する怨霊の数と比べれば微々たる物で。
それは減ることがなく、逆に増え続けている。




今も、これからもどんどん増えていく犠牲者。
どんどんよどんでいく京の気。



無性に怖かった。
これからその連鎖に自分も含まれていくのだと思うと。
このままでは京の穢れが祓えなくなるのではないかということが。
この世界がなくなってしまうのではないかということが・・・



考えれば考えるほど苦しくなって、哀しくなって、辛かった。



“――――っ・・”




ふと、自分の頭に微かな重みを感じた。
なんだろう、と思う間もなく、それはゆっくりと動かされた。



なでなで



そんな効果音がぴったりくるだろう、その行動。
思わず顔をあげると、ヒノエが微笑んでの頭を撫でていた。




「ヒノエ・・?」
「大丈夫、のことはオレが守るから。だから、は人を斬らなくていいよ。」

「絶対、オレが守るよ。だから、心配することなんてない。はいつもどおりに穢れを祓ってろよ」




決してその手を止めることなく、いつもの不敵な笑顔で言うヒノエ。
それはなんだかとても安心できて、とても心地よかった。



「・・うん。私もヒノエのこと守るよ!」




だからヒノエも大丈夫だよ。とそういうの表情は、いつもと同じで、無邪気な笑みを浮かべていた。



「はは、さすがだね。だけど、オレは守られるほど弱くないぜ?」
「いいのっ!私だって、おとなしく守られてるだけは嫌だもん。」

「ヒノエくん、、そろそろこっち来て〜」




景時が合流したのだろう、そうやって二人を望美が呼びに来た。
それはとても初陣とは思えない堂々としたもので、なんだか悩んでいた自分が馬鹿らしかった。
望美のことも気にかかっていたヒノエも、無駄な心配だったな、と苦笑をもらす。



「二人とも聞こえてる〜?」



いつまでたってもこない二人に、聞こえてないのかとさらに大きな声を出してきた望美。
その後ろにはちょっと怒り気味の九朗と弁慶の姿。



「うわっ、やべっ。」
「弁慶に怒られる〜っ!!」



怒った弁慶の怖さを知っているヒノエと、本能的に危険を察知したは急いでみんなのところへ走っていった。



そのとき、自然とがヒノエの服を握っていたのに気づいた一部の者は、微笑ましそうに二人が来るのを待っていたとか。




不思議だね。
さっきまで、あんなに怖くて、不安だったのに。
今は全然怖くないよ。
やっぱりヒノエのおかげかな?



ヒノエが私を人から守ってくれるのなら、私はヒノエを穢れから守るよ。
大好きなヒノエを、絶対まもるんだから。





そのときは漆黒の闇だったにもかかわらず、たちの心はどこまでも澄んだ青空のようだった。