「だめです、このまま攻め込んじゃいけない!」
「えっ・・?」
夜のうちに奇襲をかけようという話になったとき、突然望美が大きな声を出した。
彼女はこのまま攻め込んでも平家の陣が本物かわからないと、危険だといった。
「偵察するってことだね?オレもそうしたほうがいいかなぁって思ってたんだよ」
それに同意したのは景時で、彼は望美が同意見でうれしそうだ。
「平家の陣は、実は偽物なんです」
「本当か?!」
「はい、あの陣は還内府の罠なんです。このまま攻め込んだら、後ろから攻められてしまいます。」
真剣な表情で告げる望美。
その姿に彼女が嘘を言っているとは思えなかった。
“でもどうしてそんなことが分かるんだろう・・・?”
ふとはそんな疑問が浮かんだ。
この様子では望美だけが知っていたのだろう情報。
それはとても重要すぎて、彼女がどうやってそれをつかんだのか。
そこがとても気になった。
景時でも弁慶でもヒノエでもなく、彼女だけがそれを知っていたことが、無性に不思議で仕方なかった。
「だが、なぜそれがわかる?俺たちはそんな情報はしらんぞ」
「えっ?」
「えっと・・・それは・・・」
誰もが思った疑問を代弁するように九朗が問いかけると、彼女は困った顔をして言葉につまる。
なにか、誰にもいえないような方法で得た情報なのだろうか。
「白龍の神子だからこそ分かることもある。そうだな、神子」
「え、あ、はい。私には分かるんです。」
「そういうものなんですか・・・・・わかった、お前がそこまで言うのなら信じよう。」
リズヴァーンの助け舟と、望美の真剣な態度から九朗は信じると決めた。
全軍を動かすわけにもいかず、総大将たる九朗を残し、それ以外の者で山ノ口へ偵察に行くことになった。
***
「・・・どうも、変な感じじゃないか?」
もうすぐ敵陣につく、というところで景時がそんなことを言い出した。
けれど別に変な感じはしない。
まがまがしい気配が立ち上っているわけでもない。
むしろとても静かで、ここが戦場になるとは思えなかった。
「敵陣が近いにしては静かすぎる」
「・・・そうだな」
「へぇ、そんなこと言って、本当は自陣に戻りたいだけなんじゃねぇの?」
そうやってヒノエがからかうと、景時は苦笑いをしながらごまかした。
それが思ったよりも騒がしくて、偵察に来ているのだからと注意を受ける。
「ねぇヒノエ・・やっぱりおかしいかもしれないよ。平家の陣なのに、穢れが滞っていないの」
怨霊がいれば必ず生じる気の滞り。
それがまったく感じられなかった。
きっと景時が異変に気づかなければ見落としていただろうその状況。
明らかにおかしいのに、どうして今まで気づかなかったのだろうか。
「怨霊がいないってことなのかしら?」
「それは変ですね・・いまや平家の主力は怨霊といっても差し支えないほどなのに、それをまったくつれてこないなんて・・」
「もしかして・・」
「もしかして、人がいない・・とか?」
景時の言葉に望美が続けた。
怨霊がいない。
そして人がいるにしては静かすぎる。
ならば、両方ともいないのではないか。
そう考えた二人に他のものは驚きを隠せなかった。
「陣のなかが空っぽってこと?」
「うん。たぶんそうだと思う。一応調べてみよう。」
実際に陣へと行くと、そこには人っ子一人いなかった。
使われた形跡もなく、ただそこに陣を作ってあるだけ。
本当に空の陣だったのだ。
「本当に偽の陣だったんだな」
「さぁ、急いで敵を探しましょう」
敵の本物の陣への手がかりをもとめて、皆が偽の陣の隅々を探す。
わずかな形跡でも、それが役にたつかもしれないのだから。
「・・あれは・・・」
「先生?」
「見ろ、新しい足跡がある」
リズヴァーンの指差す先にはつい最近できただろう足あと。
この暗闇では見落としてしまいかねない、その微かなものを彼は見事に見つけていた。
「おおっさすがリズ先生!足跡さえ見つかれば敵の本陣を探すのも簡単ってものさ」
その後、景時の部下たちの働きにより敵の本陣は鹿ノ口にあることが分かった。
その情報を持って、皆は九朗が待つ源氏の本陣へと戻っていったのだった。
