「そうか・・・偽の情報をつかまされていたのか」



本陣に戻った一行を出迎えたのは、一人残っていた九朗だった。
立場上残らざるを得なかった彼に、敵陣の現状を報告すると彼は暗い表情でそう答えた。


もしもあのまま攻め込んでいたら・・と思うとぞっとする。
完璧に裏をかかれた軍勢はきっと大打撃を受けたはずだ。
どんどん暗い方向へと思考が進んでいく九朗を見かねて、景時はつとめて明るく言葉をかける。



「でもさ、敵の本陣をちゃあんとみつけてきたから、安心してよ」
「やったな、景時!これで平家の奴らの裏をかける」



景時の言葉にとたんにぱぁっと明るくなる九朗にほっとした一同だったが、次の言葉にはそうもしていられなくなった。



「裏をかく・・ね。だったら三草山に来た平家を素通りしてさ、一気に福原でも落としてみるかい?」
「ちょ、ちょっと待って。源氏は京を守るって大義のために出陣したんだよ〜この三草山の平家軍と戦わないわけにはいかないよ」



軍奉行として、どうしてもそれは反対せざるをえないという景時と、この先のことを考えれば福原を攻めたほうがよいというヒノエ。
分かれた意見に誰もが悩み始める。


言われてみれば、確かに福原を攻めたほうが効率がよいように思える。
けれど、福原へ行くにはその間にいると平家軍と戦わざるをえなくなる。
そんなことをしていればたちまちこちらの作戦などばれてしまうだろう。

福原攻め自体には乗り気な九朗もその部分に突き当たってしまい、是という返事はだせないでいた。
けれどそんな問題点はあっさり解決してしまった。



「地元の者だけが知っている山道があります。そこを案内させましょう」




そう言って弁慶は一人の少年を連れてきた。
この近くで猟師をしていたという少年は、鹿野口を通らずに福原へいける道を知っているという。



「これだったら福原攻め、実行できるんじゃない?」
「だけど・・・」



渋る景時だったが、結局九朗が攻めるとの決定をくだしたために覚悟を決めた。

・・覚悟を決めたといった彼の表情がどこか哀しげだったことに気づいたものはいなかった・・・


始まった軍議ではあっという間に作戦が決まっていった。
それは、景時が本隊を率いて別の街道から生田の森の陣を攻めるおとりとなり、それに気をとられているうちに山道を抜ける部隊が雪見御所を急襲するというものだった。
そうして作戦が決定すると景時は早々に生田へと進軍していった。



「作戦が決まるのもあっという間だったけど、出撃もすばやいよね」



驚いた表情でいったのは望美だった。
難しい専門用語等がわからなくて戸惑っているうちに作戦が決定したと思ったら、今度はすぐに出撃していってしまって。
戦になれていない彼女たちには驚きの連続だった。



「後は脱兎の如くにして、敵人拒ぐに及ばずってね。」
「へぇ〜。やっぱり素早く行動できるほうが勝つってことなんだね。」



感心したように望美とが話し込んでいると、どうやら決行の時間になったらしい。
真剣な表情をした九朗に注意されてしまった。



「俺たちがいかに迅速に攻められるかが、この作戦の要なんだ。山道を抜けて福原の中心に一気に迫るぞ!」



声を張り上げていう九朗は総大将をまかせれているものにふさわしいものだった。
自然と皆から声が上がり、士気が高まっていく。



“気が増してる・・九朗って不思議だなぁ・・”



九朗の気があたりに広がると、周りの兵たちの気も大きく増していく。
それはゆっくりと軍を包み込んでいき、先ほどよりも陰の気が弱くなっていった。



九朗が持つ気は、望美のように神聖なものではない。
八葉に選ばれるくらいだから多少は清い気を宿してはいるものの、それはそんなに大きく力強いものではないのだ。
けれど九朗は強い陽の気を持っている。
それは神々しいという言葉とは違う、もっと人間特有のもので。
自然と周りのに広がって、気を増幅させる。


それは九朗だからできること。
他の人にはできないこと。



「九朗って、すごいね。」



ポツリとがつぶやいた言葉は、誰の耳に届くこともなかった。