「今日は・・・4月1日・・か。」
赤で丸く印の付けられたカレンダーを見て、ヒノエはつぶやいた。
日付の下には小さく「ヒノエ誕生日」と書き込まれている。
そう、今日はヒノエの誕生日だったのだ。
このカレンダーには他の日にも同じようなチェックが入っているが、注意しなくてはいけないのは今日、この日だけ。
この世界ではこの日は別の意味も持っているのだから・・
「エイプリールフール・・・ね。今年は俺が騙す番かな」
そう、昨年はその日が自分の「誕生日」となることも、エイプリールフールと呼ばれるうそをついても許される日だということも知らされず、たちの思うがままに振り回されてしまったのだ。
に騙されたのはまだいい。
望美や朔ちゃんが共謀していたのもまだ許そう。
だが、他の男連中まで一緒になっていたのが許せなかった。
よりにもよって、あいつらに!
あのときのあいつらの表情が今でも忘れられない。
だから決めたのだ。
もう二度とだまされない、と。
今年はいつもの自分らしく騙す側にまわろうと。
「悪いね・・・でもオレもやられっぱなしは性にあわないんだ」
ヒノエはカレンダーを睨みつけるかのように見ながらこぶしを握り締めて覚悟を決めた。
その脳内では練りに練られた今日の計画をひたすらに確認していたのだった・・・・
「ねぇヒノエ、今日はデパートに買い物に行こ?」
朝一番にはそう告げた。
もちろんそれはヒノエにとってはうれしい誘いだった。
「姫神様のお望みのとおりに・・・ってね。喜んでお供させてもらうよ」
あの計画が実行しやすくなる。
飛んで火にいる夏の虫。
ヒノエにとってそのときのはまさしくそれだった。
「やぁ姫君、今日はお供はいないのかい?」
「姫君にはこちらの方がよりお似合いだよ。もちろん、どちらでも姫君の輝きが損なわれることはないけれどね。」
とデパートに来たというのに、その日のヒノエはしきりに回りの女性客にばかり気をとられている。
まるでという存在がまるっきりないかのように振る舞い、けれど最後には「つぼみが一緒だからまた今度」と女性たちの誘いを断った。
もちろんそんなことをされてが気にしないはずがない。
何人目かが終わった後にがむっとした表情でヒノエの服を引っ張った。
「今日のヒノエ、変。」
「なんでそう思うんだい?オレは自分が変だとは思わないけど」
「いつもなら買い物してるときは女の人に必要以上に声かけないし、あんなふうに思わせぶりなこと言っておきながら断ったりしない。絶対おかしいよ!」
何があった?と心配そうに問いかけてくるに、ヒノエはうつむいて、少し間を空けて答えた。
「オレは・・オレは自分の気持ちに正直に生きてるだけだよ」
「えっ?・・・どいういう こと・・?」
何かに気づいたのか不安げに見上げるに、ヒノエは思わず口元がにやけそうになるのをなんとか抑えた。
食いついた!
まるで釣りをしているかのような気分だった。
えさに食いついた魚を引き上げるまでのあの格闘。
釣りあげるか、逃げられるかのギリギリのところでの駆け引き。
今はまさにその状態だった。
ここで下手なことをすれば敏いには全て気づかれてしまうかもしれない。
ヒノエはお得意のポーカーフェイスで感情を隠しながら考えぬいたセリフを言った。
「オレはもうごまかすのはやめたんだよ。」
「ごまかす・・・?それじゃ・・」
「オレはが黄龍だから神職のものとしてそれなりの対応をしていただけだよ。
・・・本当はなんて・・・オレにとってはどうでもいい存在なんだよ」
「嘘・・だよね・・?だってヒノエは私に【】って名前つけてくれたじゃない!!」
掴まれたままだった服のすそに今まで以上のしわが刻まれる。
それは力がこめられた証拠。
微かに震えるを、オレは心の中で謝りながら・・・振り払った。
「放せよ。名前を付けたのだって深い意味なんてない。ここはもう京じゃないんだ。いいかげんお守りはこりごりなんだよ」
そのまま振り返らずに立ち去る。
振り返れば、駆け寄って真実を全て打ち明けてしまいそうで・・・怖くて振り向くことが出来なかった。
今すぐ謝りたいという衝動を隠す為に、自然と帰路は足早になっていた。
何度も何度も通った、今では見慣れたその道をオレは一人で駆け抜けた
「ただいま・・」
声をかけて部屋の中に入った瞬間、パンッと大きな音とともに紙が舞った。
とっさに顔の前で構えていた手を下ろすと、そこには笑顔でクラッカーを向ける望美たちの姿があった。
「Happy birthday ヒノエ!!」
「これ・・は・・・?」
「ヒノエくんの誕生日パーティーだよ。去年はエイプリールフールの印象が強かっただろうから今年こそは!って。」
「そうそう。準備するにもヒノエくんが家にいちゃできないからちゃんに外につれだしてもらったんだよねぇ」
「お前めざといから今まで隠すの大変だったんだぜ?」
家の中には出かける前にはなかった飾り付けがされていた。
いつもとはちがう華やかな室内にヒノエは驚きをかくせなかった。
「そういえばヒノエ殿、はどうしたの?」
ふとヒノエに続く存在がいないことに気がついた朔が問いかける。
開きっぱなしの玄関から見える外にはの姿はなかった。
「え、あ・・いや、ちょっとな・・」
「おや、僕はてっきりエイプリールフールだからとに思ってもいないことを言って傷つけてしまったのだと思ったのですが・・・
それは『ちょっと』ではないですからねぇ」
「うっ・・」
「あれだけ女性に声をかけまくっていればでなかったらとっくに一発くらってるだろうな」
「だよねー。私だったら一発といわずにもっとやっちゃうかも。ヒノエくんあれはひどすぎるよ」
「一番張り切って準備していたのはなのに・・ヒノエ殿、いったいどいういうことなんですか?」
思わぬことを聞かされて、自分のしてしまったことの重大さがよく分かってしまった。
顔から血の気が引くのが自分でもわかるくらいヒノエはテンパっていた。
「オレ・・・迎えにいってくる!」
あわてて飛び出すヒノエを見送ると一同は顔を見合わせて微笑みあった。
「どうやら今年もに軍配があがりそうですね」
まさかそんなことを計画されていたとは・・・オレとしたことが注意力散漫になっていたな・・。
誕生日だということは分かっていた。
けれど昨年の経験で頭がいっぱいで、そればかりに気をとられていたのが事実。
おかげでエイプリールフールの方しか意識しておらず、祝われるという印象は本当に薄かった。
おかげで素直に祝おうとしてくれているにとんでもないことをしてしまった。
きょろきょろとあたりを見回してみるがの姿はない。
まださっきのデパートにいるだろうか。
そんな疑問が浮かんでくるが、すぐにそれはないと思った。
ならもうあそこにはいない。
普段の行動を考えればあそこに一人でいつまでもとどまっているとは考えにくかった。
別の・・・もっと静かなところ。
よくの行っていた場所を順に考える。
思いついた場所を片っ端から覗いてみるがそのどこにもはいなかった。
「いったいどこにいったんだよ・・
もうのいける場所はない。
一人でしかも歩いて、となるとそう遠くへはいけるはずもないし、第一まだこの辺の地理にはそう詳しくないはず。
そのはずなのにどこにも彼女はいない。
そしてクルリと方向転換すると元来た道へと走り出した。
向かう場所は・・・有川家
ガラッ!!
「!!」
どたばたと足音を立てながら駆け込むと、そこにはソファーに座ってテレビを見ているの姿があった。
「あ、お帰りー」
「――っ・・・・・・・」
いつもと変わらず笑顔でヒノエを迎えるに、ヒノエは力が抜けるのがわかった。
ここにいると思ったときからある程度予想していたとはいえ・・・こののほほん具合は予想以上だった。
「遅かったな、ヒノエ。飯先にくっちまおうかと思ったぜ」
「主役がいないのに先にはじめるなんてできるわけ無いだろ。」
「うーん予想以上に遅かったかー。」
「ヒノエくんならもっと早いかと思ったんだけどなー」
「ふふふ。では賭けは僕の勝ちということで・・。」
ちゃっかり賭け事をしていた弁慶たちだったが、ヒノエはもう何もいえなかった。
そんな気力さえも残っていなかったのである。
「くそー・・今年もオレの惨敗かよ・・・」
「えへへ。今年も私の大勝利!」
頭をかけてしゃがみこむヒノエにはにっこり笑って勝利宣言をくだした。
腰に手を当てて見下ろしてくるをヒノエはただ見上げることしか出来なかった。
どこで覚えたのか(十中八九望美か将臣からの情報だろうが)かわいらしい手がつくるブイサインが、今はものすごく恨めしい。
そう、今年は騙した気でいたのだが実際は一枚上手なにまたもや騙されていたのである。
あのときの傷ついた表情も、全部演技だったのだ。
しかも全員それを知っていて、またもや共謀していたのだ。
そうでなければが戻ってきた時点で連絡を入れてくれるはずである。
そうしなかったのはいつ気づくのかと全員で楽しんでいたからに他ならなかった。
「ま、普通は家に帰ってきてるだなんておもわないよなー」
「本当に落ち込んでいたのなら近所の公園あたりが妥当な線だろう」
「あぁ、あそこかー。うん、確かにちょっと静かなところとかあるしいいとこだよね」
「あとは○とか●●とか?家にいるだなんて絶対わかんないよねー、普通。」
「でしょ?だから隠れるならここって決めてたの」
「それにしてもヒノエくんはどうやってここにいるって気づいたの?」
見つからなかったのでしかたなく帰ってきた、という風ではなかったので望美は不思議に思い聞いてみる。
座り込んだままのヒノエに近づいた望美。
すると急に腕を掴まれる。
「え、ヒノエくん?!」
引き寄せられて互いの顔がかなり近くなると、ヒノエは口説くときの表情に切り替えた。
「オレには幸運の女神様がついているからね。」
「ひ、ひ、ヒノエ!!早く望美から離れろ!!」
べリッと勢いよくヒノエと望美を引き剥がす九朗の顔はかなり赤い。
当人である望美よりも赤いかもしれないほどだ。
九朗の素早い行動にヒノエは「残念。奪還されたか・・」と小さくつぶやき、次にはにやりと笑みを浮かべて九朗を見た。
「素早い行動力はあるみたいだけど・・・口が軽いんじゃぁ大将にはむかないんじゃないか?」
「なんのことだ・・?」
「オレは九朗と望美の言葉での居場所に気づいたんだよ。あれがなきゃまだ探し回ってたさ」
「やっぱりあれで気づかれましたか・・。」
「うっかり九朗が口を滑らせちゃうし、望美ちゃんもそれにのっかっちゃうしねー。」
「え、えぇ?私なにか言ったっけ?」
あの場にいた者達は皆その失言に気づいてはいたのだが、下手に言葉をさえぎるのも逆に怪しく思われるし、かといってごまかしようもなかったのだ。
が、口を滑らせたことを自覚していない二人は一体何がいけなかったのかわかっておらず不思議そうな顔をしている。
「九朗も望美もまるでオレとのやり取りを見ていたかのように話すからおかしいって思ったんだよ。
ただたんに後をついて来ていただけかとも思ったけど・・・それだと息も切らしていないのにオレより早く帰れた説明がつかない。」
「まぁ車とかねぇから自然歩きで移動だもんなぁ・・どう近道使ったってヒノエより少し早く帰れるくらいでたいした差はでねぇな。」
「だろ?それで思い出したのがリズ先生さ。リズ先生の力を使えば移動も一瞬。九朗や望美も余裕でオレより早く帰れるってわけさ。」
それが九朗と望美があんな風に言えたからくりだった。
そしてがここに戻ってこれたからくりでもあった。
「あの時、すでにここにはいた。望美たちと戻ってきて、部屋に隠れてたってとこだろ?よくよく思い出してみたらの靴があのとき玄関にあったことに気づけたってわけ。」
つまりオレは完璧踊らされていたのだ。
オレがやりそうなことを予想し、その上で自分たちの計画を立て実行した。
オレは探しに行ったつもりで逆に探し人から遠ざかっていたのである。
灯台下暗し。まったくもってそのことわざのとおりの結果だった。
「うーんさすがヒノエくん。あれだけでそこまで気づいちゃうんだね」
「これくらい出来なくては熊野の棟梁は名乗れませんよ。むしろ遅すぎるくらいです。」
「弁慶は厳しいねー。」
「いえいえそんなことはありませんよ。来年こそはと対等に渡り合えるくらいにはなって欲しいものですけどね」
「あんたに言われなくても分かってるよ」
「はいはい、二人ともその辺で。せっかく暖めたのにまた料理が冷めてしまいますから」
話しているうちに暖めなおした料理だったが、なんだかんだと話し込みすぎたせいでだいぶ湯気が減っている。
このまま二人の会話がヒートアップすれば間違いなく冷め切ってしまう。
そう何度も暖めなおすのはあまりよくないし、できればここで食べてしまいたいのが正直なところだった。
「うわ、ホントだ!おい、早く始めようぜ!!」
「そうね。これ以上冷めてしまうとせっかくの料理が台無しだわ。」
「だね。ほらほら皆席についてー。」
テーブルを囲んで皆が座ったのを確認した望美はちらりと視線で敦盛合図を送った。
それに小さく頷いた敦盛はスッと横笛を取り出し構えた。
「「「happy birthday to you happy birthday to you happy birthday dear hinoe happy barthday to you !」」」
敦盛の笛の音にあわせて皆で大合唱。
それぞれが楽しげに歌っていて、本当に祝ってくれているのだというのがわかる。
正直にうれしかった。
騙されたのは悔しかったけれど、それでもそれは決して嫌な思いからのものではないとわかるから。
一糸乱れぬ歌声が心に響いた。
(しかし・・これ、練習していたのか?)
ふとヒノエはそんな疑問が浮かんでくる。
いきなりで、異国の歌を全員が歌えるとは到底思えないし、(特に九朗)第一こんなにそろうはずがない。
こっそり練習していたと考えるのが妥当。
それを考えると思わず笑いがこみ上げてくる。
リズ先生や弁慶がこれを練習している姿がまったく想像できなかった。
その後、しばらくは和やかに進んでいた誕生日パーティーだったが、何かの手違いで望美に酒が回ってしまったことによりその場の雰囲気がガラッと変わってしまった。
「ほらーものむのー」
「んー・・・」
酔っ払った望美はとにかく回りに酒を勧めまくる。しかも飲まなければ泣き落としなどもしてくる為に飲まざるを得なくなってしまう。
すでに譲、敦盛、九朗、朔、白龍は犠牲になっており、今のターゲットはだった。
だいぶ飲まされたは頬をピンクに染めながらうっつらうっつらと船をこぎかけている。
「はいはい、そこまで。あっちに姫君のお酌を待ってる腹黒法師がいるからそっちにいきな。」
望美は誰かに飲ませたいだけなのか、ヒノエの言葉にあっさりとから弁慶へとターゲットがうつった。
まぁ弁慶が酔うことはないだろうけど・・逆に危険なのは姫君のほうかな。
そうは思いつつもそのときはリズヴァーンが止めにはりるだろうと予想してそっちは彼らに任せることにした。
「大丈夫か?。」
「んー・・・」
ぽふっ。
返事ともいえぬ声を発して、そのままはヒノエのほうに倒れこんでくる。
そのまま寝てしまったにヒノエは苦笑をもらしながらの疲れない体制に動いた。
「まったく・・こうしてると普通の少女なのにな・・・。」
ヒノエは大切そうに、そして優しい表情での髪を撫でた。
次の日、結局皆居間で眠ってしまい起きたときにすごい惨状になったとか、ならなかったとか・・・
END
