「うー・・あとちょっと〜・・」
藤原家にご厄介になることが決まって数日、は木にのぼっていた。
それはとても大きな木で、湛快やヒノエも幼いころよく登っていたというのを屋敷の女房に聞いたこともあった。
もっともヒノエは今でも移動の為等に木にのぼってはいるのだが。
湛快もヒノエもよく登ったその木は、何度も同じところに足をかけられたせいかところどころくぼんでいて足場ができていた。
そのため、木に登ったことのないでも比較的楽に登ることができた。
その木の3分の2程度登ったころだろうか、は必死に腕を伸ばした。
の腕の前方には一匹の猫。
その猫を何とか捕まえようとがんばってはいるのだが、いかんせんのリーチは短すぎる。
先ほどから空ぶってばかりで一向に猫に手が届かない。
猫はを怖がるわけでもなく、こちらによって来るわけでもない。
ただじっと木の上で丸まっているのである。
「猫ちゃん〜もうちょっとこっちに来てよ〜」
枝のだいぶ細くなったところに猫がいるものだから、下手に近づくこともできなかった。
先ほどから妙に枝がしなって、猫が落ちてしまうのではないか、枝が折れるのではないかと心配なのだ。
そんなの心情を知ってか知らずか、猫は沈黙を守っており、どれだけ呼びかけようとも反応を示さない。
時たま、ちらりとを見るが、すぐにまた興味を失ったように丸くなる。
突然、強い風が吹いた。
「うわっ・・!」
その風で枝が揺れて落ちそうになる。
なんとか木の幹につかまって難を逃れたが、いまだに木はゆらゆらと動いている。
「あっ・・!!」
その風に驚いたのか、猫は急に動き出した。
ゆれる場所から逃げたかったのだろう。
どんどん枝の先のほうに進んでしまった。
今いる場所は木の上で、しかもかなり高い位置。
いくら猫といえども落ちては無事ではいられない。
「だめ、そっちにいったら・・・!!」
があわてて手を伸ばすが、それは届かず、さらに先っぽの方へと歩んでしまう。
枝が猫の重さにしなっていくのがわかった。
そして、また突風が吹く。
枝はそれを受けて大きく揺れて、猫はそこに立っていられなくなった。
まるでスローモーションのように猫が落ちていくさまを見た。
気がつけば、は木から飛び降りていた。
勢いをつけて飛び降りたは猫が地面にたどり着くよりも先に追いついて、なんとか空中で捕まえた。
ギュッと猫を抱え込んで、はそのまま落下した。
“白虎、力を貸して!!”
とっさに風の力で中に浮いた。
そのままゆっくり地面に降りようとしたのだが、そううまくはいかなかった。
ふっと風が消えるのを感じたと同時に、あの独特の浮遊感が襲ってくる。
今だ戻っていなかった力。
そのためにこの状態を維持し続けることができなかった。
そのまま地面に激突・・・・と思ったけれど、その直前にはふわりと抱きとめられた。
「まったく・・・ちょっと目を離すとコレだからは危ないんだよ?」
あきれたような、怒ったような表情でそういったのはヒノエ。
彼はが落ちているのを見てあわてて助けに来てくれたらしい。
「ありがとうヒノエ。助かったよ」
地面にぶつからないですんだはにっこり笑ってヒノエにいったが、かえってきたのはやっぱりお説教だった。
「なんで木に登ったのさ?あと少し遅かったらは地面に激突していたんだよ?それに俺はすぐ戻るからおとなしくしていろっていっただろ?」
めったにお目にかかれないヒノエの説教に、はうつむいてごめんなさいと謝ることしかできなかった。
「木に登りたいなら俺がいるときにして欲しいもんだね。」
次からは一人で登るなと言われて、それにうなずいた。
自身ももうこんな思いはしたくないのである。
「で、なんでまた木に登ったんだい?」
「猫が・・・私の髪紐くわえて木に登っちゃったの・・」
怒られてしゅんとしてそういったが抱えている猫。
その猫は確かに紅い髪紐をくわえていた。
「髪紐くらいいくらでもあるんだから何も登ってまで取り返さなくてもいいだろう?」
それは確かに彼女のお気に入りの髪紐ではあったけれど、そこらで売っている普通の髪紐である。
ヒノエにはそんな危険を冒してまでとりにいくほどのものとは思えなかった。
「だけど・・・これは初めてもらった髪紐だから・・。私がこの屋敷に来たときに、ヒノエが選んでくれたものだもの。」
だから特別なものなんだといったに、ヒノエもやっと思い出す。
がこの屋敷に来たとき、彼女の服はぼろぼろになっていた。
それは今では綺麗につくろわれて彼女が今でも着ているのだが、髪紐だけはどうにもならなくて、ヒノエがプレゼントしたのである。
紅い髪紐。
もちろん彼が贈るものだから上等の素材で作られたものではあるが、ただの髪紐である。
けれど、はヒノエからもらったものだからと、危険を冒してまで取り返してくれた。
それほどまでに大切にしてくれているのである。
「そっか・・・ありがとう」
そんなに大切にしてくれているとは思ってもいなくて、ヒノエは微笑んだ。
言われたお礼には不思議そうに首をかしげていたけれど、ヒノエは笑って彼女を見るだけだった。
「さ、はやく中に入ろうぜ。お袋がを待っていたしな。」
「えっ、ホント?じゃ早くいかなきゃ〜」
そういうことは早くいってよ〜とヒノエの腕を引っ張りながら部屋の中へと走っていく。
“ま、今日のところは許してやるよ、俺の姫神様”
おとなしくしてくれない、元気な元気なお姫様。
彼女は今日も藤原邸をあわただしく走り回っているのだった。
