のぼった先にあるものは






「うわ〜・・真っ暗だね、さすがに」

早朝日も昇らぬ時間に私は門の前に立っていた。寝ている望美と朔を起こさぬように注意深く慎重に抜け出してきていた。

「このくらいならと俺なら動き回れるだろ?」

私の言葉を聴きつけて門の影からひょっこりと顔を見せたのは呼び出した張本人ヒノエだった。
月明かりに照らされて、ぼんやりと見えるその表情は妙に楽しげだった。

「まぁ・・・気配で感じられるから大丈夫だけど」

わずかな月だけでは灯りには頼りなかった。
けれど目で見るだけが世界を知る術ではない。
見えぬなら感じればいいだけだった。
神を名乗るものとして気配にはかなり敏感である。
ヒノエはヒノエで暗闇には慣れているから小さな月明かりで十分だった。

「それじゃぁいこうか、姫神様?」

すっと差し出された手を、私は黙って握った。









**





灯りも持たずに歩く奇妙な二人組み。
もしも誰かが見ていたのなら、不審げに眉をひそめ、せわやきなら思わず声をかけていただろう光景だった。
さいわい子の時間に外に出ている人はおらず、誰にもとめられることなくてこてこ歩けた。


「ねぇヒノエ、どこに行くの?」

何度目かになるその問いかけに、ヒノエはやはり何度目かになる返答を返すだけだった。

「秘密。ついてからのお楽しみだよ。」
「むー・・さっきからそればっかり!ヒノエの意地悪ー」

膨れ面でヒノエを軽く睨んだけれどヒノエはくすっと笑いだすだけだった。

「もーヒノエ!」
「ごめんごめん。だけど、お前そう言いながら楽しそうな顔してるぜ?」
「うっ・・」

思わず言葉に詰まってしまったのはヒノエの言葉が正しかったからで・・・
私はなんだかんだ言いながら確かにこの夜の散歩を楽しんでいたのだ。
目的地が秘密だというのもなんだかどきどきして面白い。
なによりヒノエの案内してくれるところがつまらなかったためしは一度としてなかったから、今度はどんなところなのだろうとわくわくしていたのだ。


「オレの姫神様は見ているだけでもあきないね・・・っと、この上がおまちかねの場所だよ」

そう言ってヒノエが指差したのは前方にある丘だった。
そんなに急斜面ではなかったがそこそこの高さのある丘。
けれど何か特別楽しいものがあるわけではなさそうだった。
丘の上に何かあるのかと思い、ヒノエの後に続いて登った。
けれど、そこには大きな木が一本立っているだけで、他には何もなかった。

「ねぇヒノエ、着たかった場所本当にここであってるの?」
「もちろんあってるよ。オレが道を間違えるとでも思ったのかい?」
「そういうわけじゃないけど・・・」

いくら暗いとはいえ、ヒノエが道を間違えるとは到底思っていなかった。
けれど、それでも場所がここだということに違和感を覚えたのだ。
夜の散歩はそれなりに楽しかったが、わざわざ抜け出してまでつれてきてもらうほどの場所ではないような気がしたのだ。
眉をひそめる私を見てヒノエは不敵な笑みを浮かべた。

「つまらないかどうかは特等席についてから判断してもらおうかな。」
「えっ?特等席?」
「そ、まだここは舞台の入り口にしかすぎないからね」

不思議に思ってヒノエの方をみると、彼はポンッと木の幹を軽く叩きながら笑っていた。
視線は木の上。

まさか・・・
そう思ったときにはヒノエの姿が消えていた。
はっと上を見るとそこには枝にのってこっちに手を差し出すヒノエの姿があった。

「ほら、おいでよ

戸惑いながらもその手をとるとグイッと思いっきり引っ張りあげられて、気がついたときには私の足も枝の上だった。
それを何度か繰り返し、徐々に徐々に木の上の方へと登っていった。
そして私たちが登っていられる一番上までくるとヒノエは私の目を手で覆った。

「ヒノエ?!」

危ないからやめて、といおうとした。
だけどヒノエに大丈夫だから、と言われてしまったので私は何も言うことが出来なかった。
彼が大丈夫だといえば本当に大丈夫なのだから。
少し身構えて強張っていた体をほぐすとヒノエに手伝ってもらいながら枝に腰掛ける。

「もう少しだけ待っていろよ。・・・5、4、3・・」

1、とヒノエが言うと同時に私の目を覆っていた手がどけられる。
0の声は確かにヒノエが発していたのに私の耳には届いていなかった。
目の前に広がった光景があまりにも美しすぎて私は完璧に見入ってしまったのだ。
丘の上からでは見えなかったけれど、木に登ることで京の町全体を見渡せた。
そして暗かった空に月や星とは違う強い輝き。
昇ってきた太陽が眩しいはずなのに、それすら気にならなかった。
京の町から太陽が昇っているかの様で、とても幻想的だった。


「すごいだろ?ここからなら京の町が見渡せるし、なにより朝日が一等きれいに見えるのさ」

他の場所じゃぁ障害物があるからこんな風に見れないのだとヒノエは笑って言った。
うれしくてうれしくて・・私は思わずヒノエに抱きついた。

「ありがとうヒノエ。本当にうれしい!」
がそう言ってくれるならつれてきたかいがあったね」

突然抱きついたからヒノエははじめちょっとびっくりした表情だったけれど、私が笑って御礼を言うとヒノエもうれしそうに笑ってくれた。

「前から準備とかしておいてくれてたんでしょ?本当にありがとう!!」

一番きれいに見える場所だ、なんて他の場所にもいっぱい訪れて比べてみなければいえないこと。
なにより日の出の時間ぴったりにこれるようにするには何度かここに着て時間を計ってみないと無理なことで。
ヒノエは以前から私に見せる為に何度も寒い中でかけて調べていてくれたのだ。
そこまでしてくれるヒノエの行動がなによりも私にはうれしかった。

にはお見通しってわけか・・・さすがに姫神様にはかなわないな」

こっそり下調べしていたのを見透かされてヒノエはすこし恥ずかしそうに頬を赤くした。
ちょっぴり照れたように微笑むヒノエも朝日に照らされてとてもきれいだった。









どんなに月日がたとうとも、私は今日という日を決して忘れない。
ヒノエと過ごしたこの時間をずっと、ずっと・・・・・・