ふっ・・・
「あっ・・・」
先ほどまで確かに感じていた気。
遠く離れたところにいても、感じ取れなくなどならなかったその気が、今は感じられない。
ふっと消えてしまった。
なぜ・・・?と、そう思う間にも、また一つ、また一つと、次々と消えてしまう。
“おねがい、消えないで!!”
そう願っても、それはとまりはしなかった。
突然訪れた強い喪失感。
私は、守れなかったのだろう。
失われたのは、幻想界に住んでいた聖獣たちのものだった。
そう、本来が守るべき場所の住民たちが、消えた。
もともとの幻想界は、とても美しいところだ。
の気があたりに満ち溢れ彼女の加護を感じられた。
普段はあまり表に姿を現さない彼女のかわりに、四神が黄龍と他の聖獣たちとの間に立って、うまいこと切り盛りしていた。
多少のいざこざはあったものの、平和な場所だった。
四神が京の守護のために一時幻想界を離れたけれど、それは崩れることはなかった。
けれど、ある日を境に全てが変わった。
京に穢れが充満し始めたのだ。
四神や応龍たちがいくら祓ってもすぐに穢れは広まってしまう。
次第にその穢れは彼らを苦しめ、力を奪った。
応龍は黒龍と白龍とに分かたれ、四神は彼らの元を離れた。
京の荒廃はますますひどくなり、見かねたは京の穢れを祓う手伝いをしていた。
幻想界は落ち着いたものだったから、多少離れても大丈夫だと思ったのだ。
けれど、彼女が力を貸しているというのに、京の荒廃はとまらない。
強い陰の気があふれ出す。
そうしているうちに自身も穢れに当てられてきてしまい、力を失った。
力を失えばその分また穢れを受けやすくなり、そうなればまた力を失う。
どんどん失われ行くの力。
黒龍は消滅し、白龍もたいした力は残っていなかった。
四神も、すでに疲れ果てており、どうにもならなかった。
そんなときにある異変を感じた。
疲れ果てたは力を取り戻す為にも幻想界に戻った。
久々に戻った幻想界は最後に見たときとはまったく違っていた。
あれほど清い気に満ち溢れていたあの場所に、ところどころ穢れが生まれていた。
あちこちに歪ができ、とても危険な状態だった。
自分が力を失ったことで、幻想界にまで影響が出てしまっていたのだ。
完全にバランスを崩したそこを何とか治めようとした。
けれど、初めて起こったその状況に、聖獣たちはパニック状態に陥った。
一人の力ではどうにもならなかった。
四神を呼び戻そうにも、今彼らを戻せば確実に京が崩壊する。
彼らを呼び戻すわけにはいかなかった。
けれど、このままでは幻想界が崩壊してしまう。
こちらで生まれた穢れを祓い、はまた力を失う。
四神が受けた穢れを祓うためにも力を使った。
一度に二方向へ力を与え続けなければならなかった。
そうしていなければ、どちらかの世界が消えてなくなってしまうから。
けれど、そんな無茶なことを維持し続けることができるわけもなかった。
は京へと力を送るのをやめた。
それを全て幻想界へと送ったのだ。
ほんの少しだけ落ち着いた幻想界。
かわりにさらにすさんだ京。
それに心を痛めつつも、幻想界を守ることがの役割で、それを全うしなければならなかった。
だけど、結局どちらも守れなかった。
白龍が神子を呼ぶその力に引きづられ、も京に降りた。
戻る力を失った。
の守護を完全に失った幻想界。
一度はとまった荒廃が、また進み始めた。
力を失ってもやはり、あの世界とはつながっているのだろう。
にはその様子がありありとわかってしまった。
けれど、それをどうにかすることはできなかった。
力を持たないにはどうすることもできなかったのだ。
皆が次第に狂っていくのをただ感じ取ることしかできなかった。
荒んだ心は争いを呼び、争いは憎しみや悲しみを生んだ。
それはまた争いを呼び、さらに世界を荒野へと変えた。
始まってしまった崩壊。
それは今度こそ止まることなく、その世界が今終わりを迎えた。
穢れに染まりきったその世界は時の歪みを生み、それは世界を飲み込んだ。
幻想界という、聖獣たちの居場所を、彼らごと飲み込んで消してしまった。
ぽつり、ぽつり・・・
京では雨が降っていた。
はじめは弱かったそれも、今では強く、激しくなっていた。
その雨の中で、はずっと空を見ていた。
ぬれることなんて気にしていなかった。
雨は冷たかったのかもしれない。
けれど、それさえも感じる余裕はなかった。
ただ、失われてしまった自分の守るべき場所を思い、ひたすらに空を見ていた。
滴は彼女の頬を伝って、ずっと、ずっと流れ続けた。
