ギュッ・・



グイッと頭を何かに押し当てられた。



トクン、トクン、トクン・・



聞こえてくる心臓の音。


あぁ、私はヒノエに抱きしめられてるんだ。


漠然とそんなことを思う。

だけど、それ以上何をする気にもなれなかった。
その腕から逃れる気力もなかったし、かといって抱きつくということもしたくなかった。
ヒノエに頭を抱えられているような状態で、私はまた自分の中で問いかけをぶつけ合う。


どうすればよかったの?
私はどうすればいいの?
役目のない龍は、いったいどうなるんだろう。


どれだけ頭の中をめぐらせても、その答えは見つからない。


見つけられない。


私はこのまま消えてしまうのかな・・・?



果たすべき使命は消えた。
世界の崩壊という最悪な形で、私は自分のすべきことを終えたのである。
なすべきことの無い今、私の存在している意味はないのではないか。



どんどん悪い方向へといく思考。
それを止めるすべをしらない。
止められない・・・
止めてはいけない・・・



全てを自身に向けていなければ、きっと私は力を暴走させてしまうから。
この世界まで、壊したいわけではないから。
グッと自分の中に感情を押し込んで、平静を取り戻そうとする。



いつもの私って、どんなんだっけ・・・?
平常心でいようと思えば思うほど、私はそれから遠のいていく気がする。
当たり前だった『いつも』が思い出せない。
今まで私はどうしていたんだっけ・・?



私は何のためにここにいたんだろう・・・?




「    」



ふと、先ほどまで黙っていたヒノエの声が聞こえた。
それに意識を何とかこちら側に浮上させ、聞き取れなかった言葉を求めて耳をすませた。



「ごめん・・オレには何もいえない・・・いくら考えたって、にかけてやれる言葉が見つからないんだ・・・」



こんなヒノエの声を聞いたのは初めてかもしれない。
辛そうに声が震えていて、彼は必死に言葉を捜してくれたのだということがわかる。
ヒノエが悪いわけじゃない。
そう言いたかった。
だけど、私の言葉は発されなかった。
今までよりも強く抱きしめられたのだ。
それに驚いて、私は何もいえなかった。



「オレに出来ることなんてないけど・・それでもこうして顔を隠すことくらいはできるだろ?」



誰にも見えないから。
だから、思いっきり泣けばいい。



ヒノエはそういってくれた。



が全部抱えこむ必要なんて、ないだろ?京に住むオレたちの責任でもあるんだ。だから全部自分の中に溜め込もうとなんてするなよ。」



ポンポンッと背中を軽くたたきながら、ヒノエは私に声をかけ続けた。
心地よい振動と彼の言葉に、私は次第に目じりが熱くなってくる。


ジワリ・・


ヒノエの着物に雨とは違う水が染み込んだ。
それが涙だって、気づいたときにはもう止められなくって。
ぽろぽろと次から次えとあふれでてくる。



「・たし・・ホントは京・・嫌いなんかじゃないの・・でも・・幻想界の方がもっと好きで・・ずっと、ずっと守りたかったの」



途切れ途切れになりながらも、私は自分の気持ちを全てヒノエに打ち明けた。
ヒノエは相槌を打ちながらそれを聞いていてくれた。
私の言葉が途切れて、いつしか嗚咽に変わって。
それが全て止まって、私が顔を上げるまで、ずっとヒノエは私の背をたたき続けてくれた。



彼の手は、雨のせいで冷え切ってしまっているはずなのに、私にはとても温かく感じられた。







***






「ねぇ・・本当にいいの・・?」



あれから私たちが部屋に戻ると、びしょ濡れのその姿に皆大慌てで。
急いでお風呂に突っ込まれて、体を温めた。
だれも深くは聞こうとしてこなくて、ただ雨の日は外には出るなというだけだった。
そんな皆の優しさが温かくて、うれしくて。
私は枯れ果てたはずの涙を流した。




翌日、私は皆に事情を全て話した。
隠している必要なんてないし、何よりも彼等にとってもまったく関係ないというわけではないから。
四神は幻想界の住人だしね。


で、そのときに望美がこっそり私にあることを教えてくれた。
彼女が白龍の逆鱗を持っていて、この京で過ごすのは2度目の運命なんだということ。
そして、逆鱗の力を使えば、幻想界が消滅する前の状態に戻れるんじゃないかって事。


望美は時間を遡ろうか?っていってくれたけど、私はそれを断った。
逆鱗の力が幻想界にまで及んでくれるか分からないし、それは京の為に使うべきだと思ったのだ。
私がおかした間違いを、彼女たちにまでして欲しくなかった。


それに・・・



「皆には会いたいと思ったよ。でも、時間を遡った、なんてばれたら怒られちゃうし。それに、全ては巡るものだからね」



時間を遡れば、確かに彼等に会えるかもしれない。
だけど、それは私の求めた彼等ではないから。


白龍の逆鱗は、ただ時を遡っているわけではない。
もともとあった別の未来を、選びなおしているだけなのだ。
悲しい未来も、うれしい未来も、全て最初から存在していて。
人の歩み方によって進む未来が変わる。
私が歩んだこの時間を、遡った先にいる皆は歩んでいない。
同じだけど、微妙に違うんだ。
彼等の選択も、また変わってくるのだから。
私の会いたい彼等には、もう絶対にあえない。



だけど、いいんだ。
私は思い出したの。
全ては輪なんだってこと。


命は一人につき一つだけ。
だけど、魂はずっと巡り続けてるんだ。
同じ魂を持つものでも、まったくの別人だけど。
それでも魂はずっと巡り続けてる。
輪を外れなければ、ずっとめぐり続けるんだ。




彼等には会えないけど、同じ魂を持つ者達にはいつか会えるから。
だから、私はそれを待ってる。
ずっと、ずっと。
出会ったものたちは、私のことなんてわかんないだろうけど。
それでもいいんだ。


それでも、彼等の生きた証は残るから。
私と四神の心の中。
そして、新たに歩み始めた彼等の魂を持つものたちの存在こそが、彼等の生き抜いた証だから。




だから、その証を消したりなんかしないよ。



皆が大好きだから。
だからこそ、私は今を生きる。
私に出来ることをするよ。
今度こそ、絶対に。