走って、走って、走って・・・
あの時のように私はあの人の元へ駆けて行く。
あの時とは違い、自分の足で駆けて行く。
でこぼこの山道は、走るのには適していなかったけれど、それでも精一杯走り続けた。
次第に大きくなる人々の叫び声に、私の意識は自然とあのころへと戻っていった。
奇しくもあのときと同じように、あの大軍に追いかけられている蜀軍。
そして父を助ける為に走る私。
あのときも今も逃げることはできたのに、私は同じように助けに走る。
そう、これはもう変わらないこと。
何度そのときが訪れても私はきっと同じ選択肢を選ぶだろう。
あの時と同じ、この選択を。
私は何度後悔しても、そこから離れることができないのだから・・・
私がそれを見つけたのは、最後の斜面を滑り降りれば村に着く、というときだった。
家のすぐ近くの広場に、ぽつりと立つ緑の鎧を身にまとった者達の姿があった。
守られるかのように回りを同じ色の鎧に囲まれた男は、必死に立て直そうと声を張り上げていた。
けれど一度劣勢に陥れば立ち直るのはなかなか難しい。
下がる士気に、兵たちはその勢いを失い地に沈むものが多くなる。
そしてたくさんの犠牲がうまれればさらに士気は下がる。
この悪循環は簡単には止まらない。
それどころか武将たちにかかる負担は大きくなり、その動きが悪くなればそれがまた士気の低下に繋がってしまうのだ。
それがゆえによほどの策でも講じないかぎりこの局面をひっくり返すのは難しいと思えた。
必死に知恵を絞る緑の軍団。
けれど、それをあざ笑うかのように迫りくる青の軍団は次第にその勢いを増していった。
そして、かの緑の君主たちから少し離れたところに、その青は迫ってきていた。
よく周りを見てみれば、静かに移動した青に緑は囲まれていた。
逃げ場を失った者達は焦り、逃げようとむやみに敵に突っ込んでいってしまうものが続出した。
「このままじゃ、まずいわね・・」
はそうつぶやくとなるべく音を立てないように気をつけながら・・けれど確実にその速度を増して駆け下りた。
急いだが為に思っていたよりも勢いがついていたようだ。
思わず転びそうになるのをなんとかこらえると、倒れていた兵の持っていた槍を手に取り、人垣の中心部へ向かって走りこんだ。
「劉備、覚悟ーーーーー!!!」
誰かがそう叫びながら襲いかかっていくのを、私はただ見ていることしかできなかった。
正面から襲いくる兵にばかり気を取られ、背後から近づく影に気づくことができなかった。
それがゆえに、気づいたときには私は身動きが取れない状況で・・・・襲われる殿を守ることができなかった。
まるで時が止まったかのようだった。
近づいてくる敵兵の姿が、まるでコマ送りのように見えていて、あぁ私はここで終わりなのだと思った。
叫ぶ趙雲の声を聞きながら、死を覚悟した。
あのとき助けられた命が尽きるときがきたのだと・・・そう思っていた。
けれど、斬られると思っていたこの体にあの鈍い衝撃が走ることはなかった。
ただ、金属同士がぶつかり合う甲高い音が響いた。
目の前には私を庇うように立ち、その手にもつ槍で剣を弾き飛ばした一人の女性の姿があった。
鎧も身に着けていない軽装の彼女は、あっけにとられる我々を尻目に魏の者達を次々と戦闘不能状態に陥れた。
得物を軽々と使いこなす彼女の姿が、私にはあの時と重なって見えて仕方が無かった。
あの時と同じ、斬られそうになっていた私を颯爽と助けて敵を蹴散らすその姿が、あの少女と重なって離れなかった。
守れなかった約束が、脳裏に浮かんで消えていった。
