「今日も美しいね、姫君。」
「ヒ、ヒノエ君!!」



今朝も毎度のごとく、望美にあった瞬間にそんな甘い言葉を発したヒノエ。
毎朝言われていることだというのに、今だ慣れない望美は顔を紅くして叫ぶ。



「ヒノエ殿、望美をあまりからかわないでください!」



その声を聞きつけて、朔がそうやって怒るのも最近ではいつものことであった。
一部のものが“もういいかげんにしてくれ”と思うくらい繰り返されている。




「お前もいいかげんに慣れろよ。」



ヒノエが朔や弁慶をはじめとする人たちに説教されているとき、将臣は赤みのとれない望美に呆れたようにいった。
ヒノエが合流してから、幾度となく繰り返されてきているというのに、いちいち彼の言動に翻弄されている望美。
ヒノエがその行動を改める様子がないのだから、望美がそれに慣れるしかない。



「分かってはいるんだけど〜・・・」



ついつい反応してしまうのだと言う望美に、将臣は何も言わず、ため息を一つ返した。
その態度に望美は怒ったけれど、将臣はそれを軽くあしらった。






「お前たち、いいかげんにしろ!」




突然の一喝に、皆ピタリと口を閉ざした。
声のした方を見ると、そこには怒った九朗の姿があった。



もともとこの時間は、軍議をする為に集まったのであって、決してこのように言い争いをしたりする為のものではない。
そうだというのに、いつまでたってもはじめられない軍議。
その様子に、先ほどまでただ黙って見ていた九朗がついに怒鳴ったのだ。


あまりの怒りように皆これはまずいと思い、ささっとそれぞれの席につく。



そうして予定の時間より大幅に遅れて軍議が始まったのだった。







***




「九朗、今日ちょっと変だったね。」




軍議が終わった後、一人でいた九朗にはそういった。


はあの壮絶な言い合いに加わるのでもなく、止めるのでもなく、ただじっと見守っていた。


だから、九朗と将臣の様子がおかしかったことに気づいたのだ。
いつもとはちょっと違う二人が心配で。
より様子の変だった九朗を探していたのだ。



彼は裏庭の一本の桜の木の下に座ってぼーっとしていた。
その隣に腰を下ろしたを横目に見て、九朗は言った。




「そんなに変・・だったか?」
「ちょっとね。」



いつもの九朗だったら、ヒノエと弁慶の口論内容に、顔を紅くしたり、青くしたりと百面相を繰り広げている。
けれど今日は、ただじっと黙ってみているだけで、まるで彼らの話している内容が聞こえていないかのようだった。


怒鳴ったときも、いつもより数倍迫力があって驚いたものだ。
あの程度のことだったらよくあることで、そこまで強烈に怒ったことはなかった。


だから、おかしいと、そう思ったのだ。



そうか・・・とつぶやいた九朗に、いつものような覇気はない。




本当に、どうしてしまったのだろうか。




「何があったの?」




あまりのことに、戸惑いつつも問いかけるが返答はない。




「九朗・・?」



ヒョイッと彼の顔を覗き込むと、驚いてバッと顔を上げる。


何か言おうと口を開くが、言葉を発する前にギュッと閉ざしてしまった。





「・・・お前には関係ないことだ。」




しばらくの沈黙の後に出てきた言葉はそれだった。


冷たく低い声に驚いたけれど、それよりも彼の表情に驚いた。
その怖い声音とは裏腹に、申し訳ないような、悲しいような、そんな顔をしていた。




「・・・いいよ、もう。どうせ聞いても分からないだろうし。」



すねたようにそっぽを向きながら立ち上がった。



「だけど、コレだけは覚えておいて?」



そらしていた顔を、彼の方へ向きなおした。




「私、いつもみたいな九朗がすきだよ」
「なっ!!」



とたんに耳まで真っ赤になった彼に、笑顔を返して続けた。




「最初に会ったときは、嫌な人だなぁっておもった。正直、九朗のこと嫌いだったよ。」
「うっ・・・」



そのときの自分の行動を思い出して思わずうなだれる九朗。
いくら怪しく見えたからといって、剣を向けたのはさすがにやりすぎだったと自分でも分かっているのだ。




「だけどさ、いっしょに行動するようになって、九朗ってどこまでもまっすぐなんだなって気づいたの。
他の人みたいに小細工ができなくてただひたすらに一直線に進んでる。
まっすぐ、まっすぐ生きてる不器用な九朗が、すごいなって思うようになったの。そういうとこ、好きだなって。」
・・・」


「私、九朗もヒノエも望美もみ〜んな好きだもん。だけど、今の九朗は嫌い。」

「うじうじ考えたって、わかんないでしょ?
考えることは弁慶とかに任せて、九朗はまっすぐ突き進めばいいじゃん。
九朗はどんなにがんばったって、九朗にしかなれないんだから、九朗らしく生きればいいんじゃん」


「        」



小さく聞こえた感謝のことば。
それに気づかないふりをして、その場を去った。







九朗が何に悩んでいるのかなんて分からなかった。


関係ないって言われて悲しかったけど、それよりも相談にのれないんだなってことが悔しかった。


冷たく突き放しておきながら、悲しい顔をしていた九朗。

あんな顔されたら、無理やり聞き出すことなんて、できなかった。
私が立ち入っていいことじゃないって、思ったから。




私にはどうすることもできない。
だけど、せめて知っておいて欲しかったの。


九朗は九朗でしかないってこと。
他の誰かになることも、誰かが九朗になることもできないってことを。


なんとなく、それを伝えておかなきゃいけないって思ったんだ。



九朗が何を思ったのかは分からない。
だけど、きっとあれでよかったんだよね?

最後に見た彼の瞳が、光を取り戻して輝いていたから。



私にできることは終わったの。


あとは・・・望美にまかせるね。



彼女ならきっと彼の相談にのれるだろうから。


彼の悩みを吹き飛ばしてくれるだろうから。