「朔は黒龍に会いたい?」
「えっ・・?」


育たなかった種。


私が今日に来る前。
黒龍が狭間からいなくなった後、彼は神子の朔と共にいたという。
それはたった1月程度の短い期間だったけれど、朔にとってかけがえのない時間だったのだと、そう言っていた。
朔は黒龍を、黒龍は朔を、互いに神と神子という関係を超えた想いを抱いていたらしい。


今のにはその想いを理解することはできないけれど、朔が一人で泣いていたのを見てしまったから。
彼女が黒龍を求めていることを知ってしまったから、黙っていることができなかった。
いつも望美を支えている強い朔が、ひっそりと流す涙が苦しくて、それを止めて欲しかった。
だから私は問うたのだ。黒龍に会いたいのか、と。




一瞬、朔は何を言われたのか理解できなかったようだったけれど、すぐに彼女は私に手を伸ばしてきた。
私の肩をギュッと強くつかんで、声を張り上げる。



「会えるの・・?ねぇ、あの人に会うことができるの!?」



方法があるのなら教えて欲しいという朔は、いつもの彼女とは違った。
落ち着いていて、冷静だった彼女は“黒龍”という言葉でそれを失った。
とりみだして、必死に問う朔を私は初めてみた。




「黒龍にあう方法、ないわけじゃないよ?私一つだけ知っているもの。」



そう、私は知っているの。今すぐ彼と朔があえる方法があるってことを。
それは白龍も知らないことだけど、私はずっと知っていたんだ。
ずっとずっと昔から私の頭の中に一つの知識としてうずまっていたもの。
きっと、これを実行することなんてないと思ってた。
京に来てから、朔が黒龍に会いたがっていることは聞いていたけれど、教えるつもりなんてなかった。




だけど。
優しい朔を、お姉さんみたいな朔を、戦う朔を、一人で泣いていた朔を見て、私はいわなきゃいけないって思ったんだ。
朔と黒龍は一緒にいなきゃだめだって。



教えて!!私あの人に会いたいの!」



今にも泣きそうな朔。そんな朔に私は一つだけ聞かなければいけないの。



「朔は黒龍に会う覚悟はある?」
「かく・・ご・・?」
「うん、覚悟。理をまげてしまう覚悟はある?」



わけが分からないという表情の朔に、私はそんな言葉を続けた。


黒龍を無理やり生じさせるのは、本来あってはいけないこと。
黒龍が消滅したのに生じることのない今の現状もおかしいのだけれど、それでも許される行為ではない。
この方法は本当は人に伝えてはいけない手段。
私一人の胸にずっと秘めていなくてはいけないこと。
これは、何かを失うことになるものだから。



朔はしばらく考え込んでいた。
うつむいて、じっと悩む彼女の表情は私には見えなかった。
しばらくして顔を上げて私を見た朔は、真剣な表情でいったんだ。



「えぇ。、黒龍に合わせて」



朔は選んだんだ。



それが罪かもしれないと分かりながらも、彼に会うことを望んだのだ。


“だったら私はそれを手伝うだけだよ。”


朔が決めたから、私も決心したんだ。



「朔は目を閉じて黒龍を強く願っていてくれればいいの。後は私がやるから。」



私と朔は黒龍を生じさせる為に神泉苑にきていた。
京で一番気が澄んでいるのはここだったから。

私は朔がすること・・・黒龍と強く思い描く必要があることを説明した。
同時に、目を閉ざした方がその効果が強くなるとも。


朔はそれに素直にうなずいて、両手を組んで眼を閉じた。
それを見届けてから、私は・・・・



私は逆鱗をとった。


強い力を発した逆鱗から、私は陽の気だけを京へと放った。
京に蔓延していた穢れが、少しではあるけれど祓われていく。

逆鱗に残ったのは強い陰の気だけで、私の黄色かかったそれは黒へと変わっていた。
ゆっくりとの手から離れて空中に浮く逆鱗。
それは少しずつ形をかえ、気がつけば一人の青年の姿になっていた。



「黒龍・・?黒龍!!」



彼の気を感じた為か、朔は閉ざしていた眼を開いた。
そこには求めていた姿があって、驚きの声を上げつつも彼に走りよった。
そして、ぎゅっと黒龍をだきしてめ、涙を流した。



「会いたかったの、ずっと・・ずっと・・・・」
「私もだ・・神子」


“良かった・・・朔、うれしそう・・”


辛そうじゃない。うれし涙を流す朔をみて、私もうれしくなった。
もう、彼女があんなふうに苦しむことないから。
最後に朔の、黒龍の幸せそうな表情が見れて私は満足だったの。



「黄龍・・まさか黄龍は・・!!」



感動の再会を繰り広げていた黒龍と朔だったけれど、黒龍が気づいてしまったんだ。
自分がどうしてここにいるのかって疑問に。



「黒龍・・・?」
!!」



様子のおかしい黒龍に朔が不思議そうに問いかけた。
それと同時に白龍の声が聞こえる。
彼は気の大きな動きに、何かを感じ取ってここへ来たようだった。
その後ろには八葉と望美たちの姿もあった。
皆、黒龍の存在に驚いていたけれど、黒龍自身と白龍は違った。
彼等は気づいてしまったんだ。
私の喉元にあるはずの逆鱗がないってことに。



「なぜ・・黄龍、なぜこんなことを!?」
どうして!?逆鱗をはずせばあなたは・・!」



二人の言葉に皆、ハッとしたようにの喉元を見た。



・・?」



私には時間なんて残されていなくって。
自分でも消滅しかけてるってことが分かってたんだ。
その証拠に、もう人に届く声はだせなかった。


『いいの。私、後悔なんてしてないもん。』


きっと龍神たちと神子たちにしか聞こえてないだろうけど、私はその分八葉たちにも分かるようにととびっきりの笑顔を浮かべた。


『京で過ごした時間、とっても楽しかったよ。』



幻想界で過ごしたときよりも、ずっとずっと短いはずなのに。
京は私にとっても大切な場所にっていた。
皆がいるこの場所が大好きで、私は心から京を守りたいって思えたんだ。
ううん。違う。京っていう場所じゃなくて、皆を守りたいって思ったんだ。


望美も朔も白龍も。
九朗が、景時が、弁慶が、敦盛が、将臣が、譲が、リズ先生が・・・ヒノエが幸せでいて欲しいって思うようになったの。



『今までありがとう』


「「「―――――!!!」」」



みんなの声が聞こえた気がしたけれど、私にはもう彼等の姿は見えていなかった。





そういえば・・・
私、結局“恋愛”ってできなかったな。


真っ暗なところで、私は次に生じるときを待っているときだった。
ふとそんなことが思い浮かんできた。


愛してるってどういうことなんだろう。
朔が、望美が抱いてた想いってどんなのだったんだろう?
二人はいつか分かるよっていったけど、私にはそのいつかはこなかった。



だけど・・・二人みたいに愛するってことできなかったけど・・・
ちょっとだけ心があったかくなることあったんだ。
もしかしたらそれが二人の言っていた恋の種なのかなって今になって思ったんだけど・・・
それは私だけの秘密だね。