温かくて、ふわふわしてて、とても気持ちいい・・・
でも、どこか寂しいって感じてしまうのは、だめなのかなぁ・・?





「ぎゃー」 
「うわぁー」
 「ぐはっ」
 「助けてくれ・・・」


たくさんの人々の悲鳴が飛び交う場所、戦場。
泣き叫ぶ女子供。
守るため、棒切れを片手に敵に向かっていく男。
逃げまとう民・・・


人の命が、あっという間に奪われ消えていく場所。
人が、人でなくなる場所。
全てがなくなり、闇だけが生まれる。


そんなところに、今、私たちはいる。




「ぎゃ―・・」



ザクッ、ザクッ、ザン・・・



向かってくる兵たちを、私は切り続けていた。
倒しても、倒しても現れる兵に、さすが大国魏と思ってしまいため息がでる。


・・その大軍を、私たちは振りきらねばならないのだから。
どうしてこんなことになったのかなんて難しいこと私にはよくわからないけれど、魏の君主曹操が、お父様・・劉備を殺そうとしているらしい。
お父様だけでなく、その志に集まってきてくれた人々をも。


私たちには土地がないから迎え撃つ場所がない。
迎えてくれる場所がないから、どこまでもどこまでも・・・曹操があきらめてくれるまで、ひたすら逃げ続けるしかない。




様、劉備様より奥方様、阿斗様と共に民にまぎれて逃げ延びよとのことです。急ぎ支度を!!」




そういって私の元にきたのは、生まれたときから世話をしてくれていたなじみの女官だった。
その手には、誰からか借りてきたのだろう薄汚れた、いかにも農民といえる服があった。



この服を受け取れば、民たちと共に逃げられる。
この血なまぐさい戦場から、逃げだせる。
もう、追ってくる兵たちを斬らなくてもいい。


それは、まだ幼い少女にはとても魅力的なことで、はその服にそろそろと手を伸ばした。



の手が服に触れるか触れないかまできたとき、周りが今まで以上に騒がしくなった。




「大変です!!魏軍の追撃が思っていたよりも早く劉備様が敵に囲まれてしまっております!!」




おもわぬ伝令の言葉にの腕がぴたりと止まった。




「お父様が囲まれているってどういうこと!?なぜここよりも後ろにいるの!?趙雲や他の武将たちはいったいどうしてるの?!」
「劉備様は様たちを確実に逃がす為に敵の注意を自分に向ける為に最後尾近くまで下がられておられたのです。趙将軍をはじめとする各将軍がたも敵武将と戦闘中で身動きが取れません!!」




そんな絶望的な言葉にはなにも返す言葉が見つからなかった。
自分や、民たちを逃がす為に自身を危険にさらすなんて彼らしいといえば彼らしい。

だが・・・・



私は何の為にここにいるんだろう・・・


誰も何もいえない奇妙な緊張感のなか、はふとそんなことを思った。
そもそもなぜ自分は戦場に立っているのだろうか。



そうだ・・・私はお父様の役に立ちたかったんだ・・・。


どんなときでも優しい父。
それが初対面の人でも、仲のよい人でも、誰に対しても温かく言葉をかけてくれる父が、はずっと大好きだった。


父は今の腐敗しきった世の中をずっと嘆いていた。
それを見てきたは大好きな父のために何かをしたかった。
だからといって子供で、しかも女のにはできることなんて何もなくて、寂しげに世の中を語る父をただ見ていることしかできなかった。



それがずっといやでお父様やお母様の反対を振り切って武芸の稽古を始めたんだっけ・・



そのときの様子を思い出して思わずくすりと笑ってしまう。
あのて、このてをつかって武芸からとう避けようとした両親と、何とかして認めてもらおうと必死になった自分。


何よりも平穏で、幸せな時間だった。


しぶしぶ納得させて、始めた武芸は思っていたよりもにあっていて、すさまじい速さで技を覚え、強くなった。
そのうちに劉備が戦に出るようになって、そこで出会った関羽と張飛と義兄弟となった。
は二人に稽古をつけてもらい、さらに強くなった。




そうだった・・お父様の役に立ちたくて、必死に武芸をみがいた。
雲長叔父様や翼徳叔父様とのつらい鍛錬も、強くなるためならばと必死に耐え抜いた。
強くなって、お父様を守るために。すこしでもお父様の手助けができるように。
そのために皆の反対を押し切ってこうして戦場にたったんだ・・・



私は、私がここに居る意味は・・・



のばしていた手をはすっと自分のほうにもどした。




「私は、いかないわ。貴方たちだけで行って」
様!?」




ずっと黙って何かを考え込んでいたを静かにうかがっていた女官はその言葉に驚きを隠せなかった。
つづけて言い募ろうとしたが、それはの言葉にさえぎられる。



「華「私は、私はお父様の役に立ちたくて、武を学び、戦場に立った。これは誰に言われたのでもないわ。私が考えて、そして決断したこと。
それを途中でやめてしまうなんてできないし、こういうときこそ、私の出番でしょ?お父様を守るために戦場に出たのに、そのお父様に守られてさっさと逃げてしまうなんて私は嫌よ」

「ですが・・・・・・・―しかたない、ですね。どうかお気をつけて・・・」




走り去っていくを静かに見送った。

を止めようと、言葉を探したが、それは口から発せられることはなかった。
気がつけば自分の望みとは逆の、彼女の行動を許す言葉が自然と出てきてしまっていた。


それほどまでにの表情は真剣で、その眼はどこまでも澄んでいて・・・どんな言葉でも彼女を止めることは不可能だと思わせた。


それは劉備が彼女たちを逃がすように言ったときの眼にとても似ていた。
ここで、民と共に逃がすということは、そのまま生き別れてもおかしくないことで、その決断は最善でありながらもっとも悲しいものだった。

眼に全ての決意をこめて言い渡した彼の姿と、先ほどのの姿は驚くほど酷似していて、やはり親子なのだと思わざるを得なかった。
普段は優しいのに、一度決めてしまうとてこでも動かないこの二人を、決意してしまったあとに止めることは誰にもできなくて、女官たちはただただ彼女たちの無事を祈り、送り出すことしかできなかった。





パッカラパッカラ・・・・



「邪魔を、しないで!!」



ザクッ、ザクッ・・・



向かってくる敵をほどほどに倒しながら後方へと馬で駆けた。
さいわいにもの愛馬は足がとても速かったため敵に囲まれることなく劉備の元へとたどり着くことができた。




「お父様!!」




青い鎧にあたりが埋め尽くされている中で、ポツリと存在していた緑の鎧。
遠目ではあったがそれは確かに探していた父で、は喜びに声を震わせた。
その声が聞こえたのだろうか、劉備がかすかにのほうをむいたのが見えた。



よかった・・・まだ耐え抜いていてくれていた・・・!



ここまでくるにもたくさんの兵がいて、は武があまり得意ではない父が囲まれて無事で居られるのかとても不安だったのだ。
いつもはどんなに敵に攻められたとしても父のすぐ傍にか武将がいて、劉備を守っていた。
しかし今はも、他の武将も一人もいなくて、数人の護衛兵がいるだけ。
はっきりいって戦力不足だ。


愛馬に無理をさせてここまで駆けてきたが、もしかするともう・・・・と不安で、鬨の声が聞こえないからまだ大丈夫だろうと必死に自分を納得させていたのだった。




「お父様、今参ります!」



に向かってきた弓矢を馬から下りることでよけ、剣を片手に走った。
向かってくる敵を次から次へと斬った。
の身長には不釣合いなほど大きな剣をうまく振り回して、一度に数人を地に伏せる。


走って、斬って、走って、・・・
何度も何度も同じ動作を繰り返すが、あまりの多さになかなか劉備に元にたどり着けない。


味方はと劉備の二人だけ。
しかも劉備はずっとこの大人数を相手にしていた為か動きが鈍い。
だんだんと技にキレがなくなってきていたし、集中力もだいぶ薄れてしまっていた。



ガキンッ・・・カシャン・・・



劉備が敵兵の剣を受けたが、疲れから手に力がうまく入らず、手から剣がすべりおちる。
当然その隙を見逃してなどくれず、敵兵がここぞとばかりに劉備に斬りかかる。




「もらったー!!」
「お父様――」



ザクッ・・・ドサッ・・・



「―か・・・・?」



大きく振り上げられたその剣は劉備ではなく彼をかばう為に飛び出したの背中に振り下ろされた。




―!!」
劉備の悲痛な叫びが戦場に響き渡った。
はその声に失いかけた意識を取り戻し、剣を杖代わりにしてゆっくりと立ち上がった。



!無事か!?」



立ち上がるに手を貸しつつそう問いかけてくる劉備にはあきれたような表情を返す。




「お父様、私は平気だけど・・・ここが戦場だということを忘れないでよ・・」




事実、周りを見渡せば今にも二人に襲い掛かってきそうな兵たちの姿があった。
先ほどが突撃して開けた隙間は完璧にうまってしまっており、かなりの兵に囲まれていた。



「う・・・わ、忘れては―いないが・・」



妙な空白がとても気になったが、そんなことを問いただしている時間も、余裕もなく、それには気づかなかったことにしておいた。


そんなことよりも、今はこの状況を何とかすることのほうが大事だった。
周りは敵に囲まれていて、疲れきってまともに戦えないだろう劉備と、手負いの
このままではかなりまずい。



ここから逃げるにも、馬が私のしかいないから二人は無理・・・。
二人乗りなんてしてたら絶対追いつかれちゃうし・・・・だったらもうああするしかないのかな・・・



「お父様、ここより30メートルほど離れたところに私の馬がいるわ。その馬に乗って皆と合流して。」
「なんだと・・?私に、を置いて逃げろというのか・・?!」
「逃げるんじゃない!!援軍を呼んできて欲しいのよ!」



のことばに強めの口調で返した劉備だったが、はそれをうわまわる強さで返事をした。
いままでにないの様子に、劉備は驚きを隠せなかった。

だが、ここであっさり納得するわけにもいかない。
彼は彼で、大切な愛娘を守りたいのだ。
が劉備を守りたいと思うのと同様に。



「しかし・・・それだったら私が残ってが呼びにいけばいいではないか。」

「お父様が残っては私が呼びに言っている間に討ち死にしちゃうよ!?お父様はただでさえ武芸は得意じゃないのに、そんなにバテちゃっていちゃただの足手まといにしかならないんだから!」



なんとかを逃がそうとする劉備だが、の返答にあっさり言葉に詰まってしまう。
それが事実なだけにものすごく情けない。



「だ・だが・・・」
「はやく!!突破口は開くから!」



言うが早いか突っ込むのが早いか、劉備が気づいたときにはが馬のいるだろう方向に向かって敵に突撃していた。
それを見て、あわてて援護をしつつ走り抜ける。


なんとか敵を突破すると、目前に真っ白な馬がちょこんと待っているのが見えた。
・・の愛馬だ。
あの混乱のなかで律儀にが飛び降りたところで待っているのだから、この馬はなかなか賢いのかもしれない。

敵兵の追撃がなかなかはやく、劉備が馬の横に立って、乗馬しようとしたときにはすでに間近に迫ってきていた。



ザンッ・・・



「お父様、ここは私がしっかり抑えておくから早く行って!!」
「・・・・わかった。すぐに援軍をつれて戻ってくるから、それまで耐え抜いてくれ!」




敵兵を斬りつけながらいうに、心配そうな表情で見ていた劉備だが、ずっとこうしているわけにも行かず、馬に乗って去っていった。
それを見送ったは満足そうな表情で笑って、それから真剣な表情で敵兵をにらみつける。




「私は劉備玄徳が娘、!向かってくるものには容赦しないわよ!!」