あなたができることなんて、たった一つしかないんじゃないの?」




の言葉に、夏侯惇は何も言えなかった。
彼女は全てを決意していたから。


血にぬれた


その顔は出血のためか青白く、苦しげにゆがめられている。
けれど、その瞳だけは、今、このときであっても光を失っていなかった。
どこまでも澄んでいて力強い目。


それは、どんな猛将たちにも、勝るとも劣らないもの。
それは、出会ったあの瞬間から変わらずあり続けるもの。



夏侯惇は、黙って武器を握り締めた。


返す言葉が見つからない。


自分のするべきことがわからない。


このまま、ここに放置しておいたとしてもきっと彼女は死ぬだろう。
彼が負わせたその傷は、十分致命傷となりうるもの。
現に、彼女はもう、立つことさえできない。


けれど、このままにしておくことはできなかった。


それは、何よりも彼女を侮辱することとどう意義だったから。



根っからの武人である自分。
望むのは戦場での死。
自分より、強いものと戦って散っていくこと。



そして、彼女の持つ眼もまた武人のもの。




「私は守れたの。一番守りたかった人を・・だから、もう満足してるんだよ?」



あなたにも、わかるでしょ?
言外にこめられたその意味。



“そう、だな・・・”




夏侯惇は言葉にはしなかった。
けれど、胸中で同意する。


それは、きっとにも伝わったのだろう。
彼女は微笑んでいた。




『大切な人を守りたい』



それは誰もが一番望むこと。
けれどたいていの人がかなえることのできない願い。
ある意味一番難しいもの。


だからこそ人はそれを望み、願い、行動する。
それが誰かの願いを壊したとしても。
それでも自分がかなえる為に。



すべてが、わかってしまったから。
この小さな少女も、望むのは自分と同じもの。
だから、夏侯惇は武器をに向けた。


彼女の言ったとおり、彼ができることをする為に。




夏侯惇はそれを大きく振り上げて、ゆっくりと、それでいて力強く振り下ろした。