「朔ちゃん、今日も綺麗だね。お前と比べたらどんなに美しい花もかすんでしまうよ。」




それは庭の手入れをしていたときだった。
花壇の花がとても綺麗にさいていて・・・望美の部屋に飾ろうと少しだけつんでいたの。
譲殿も手伝ってくれたおかげでいつもより美しく咲いてくれた花。
うれしくて、思わず笑みをこぼしながら花をつんだわ。


そうしたら、突然そんな声が聞こえたの。
声のした方をみると、そこには予想通りの人がいたわ。




「ヒノエ殿・・・いつの間にいらしたんですか?」




先ほどまでは、確かに誰もいなかったはずなのに。
いえ・・・でも、彼ならずっといたのかもしれないわね。
あなたはいつだってそうだもの。




「いつ・・ね。朔ちゃんのいるところにはいつだって参じてみせるよ?」
「そんなこと言って・・・本当は木の上で寝ていただけでしょう?」




甘い声でささやいてくるヒノエ殿にそう返すと、彼は一瞬驚いた顔をしたわ。
いつもは見せない年相応な表情。
だけどそれはすぐに消えてしまった。




「本当・・・朔ちゃんは何でもお見通しだね・・・オレのこと少しは気にかけてくれてるってことかな」
「そんなんじゃありません!まったくヒノエ殿はいつだってそうなんだから・・・」

すぐに背伸びした大人の顔に戻った彼。
そう、いつだってヒノエ殿はそうやってごまかすんだわ。


私にいつもかまってきて、甘い言葉をささやいて。
だけど、同じように他の女性にも声をかけている。

望美にだって・・・。彼女はとっくに九朗殿を好いているのに。
わかっていて彼女の惑わしたりして・・・
私には、どうしてもそれが許せないの。
望美のことを思うなら、どうして彼女の幸せを願えないの?
彼女の心をかき乱すようなまねをして、何が楽しいの・・?


そう・・・本気じゃないのならそっとしておいて欲しいのに・・・




「・・・その花は神子姫の部屋に飾るのかい?」
「えぇ、そう思ってつんでいたのだけど・・何か?」
「いや・・・ただやっぱり朔ちゃんは優しいな、と思っただけだよ」




つい考え込んでしまっていた私は、思わず冷たくあしらってしまった。
だけど、ヒノエ殿は全然気にした様子もなくて、少し安心した。




「朔ちゃんはさ、神子姫が落ち込んでいるのを気にしているんだろ?
その花は部屋に閉じこもった神子姫の気持ちを少しでも華やかにするためでさ。」
「・・・えぇ、望美には元気でいてもらいたいもの。」




先の戦で、望美の幼馴染であり、天の青龍でもある将臣殿が還内府だったことがあかるみになった。
戦場で白龍の神子として彼と対峙することになってしまった望美は、それっきり部屋にこもってしまった。
そんな彼女には私の声も九朗殿の声も届かなくて・・・・


何もできなくて悔しかったわ。
私たちはただ彼女が立ち直ってくれるのを待つことしかできないの。
だから、せめて身の回りのことくらいは、といろいろやってはいたわ。
それで少しでも気分が晴れてくれることを祈って・・・




「確かに神子姫も心配だよ?だけど、そんなに気を張っていたら今度は朔ちゃんがまいってしまうだろう?」
「だけど・・!だけど私にはこうすることしかできないのよ・・・」




何もしないでいるなんてできないの。
望美は私の親友で、大切な人。
私の対の神子。
それに私が・・・・




「神子姫を源氏に縛り付けているのが申し訳ないから・・・?」
「・・・!!?」
「最初に宇治川で朔ちゃんと会わなければ、神子姫は源氏にはいなかったかもしれない。
平家で、将臣と一緒にいられたかもしれない。そう思っているんだろ?」




どうして・・・?どうしてヒノエ殿はそんなに鋭いのかしら・・・


彼が言った言葉は確かに私の思っていたこと。
ここ最近、私が思い悩んでいたことだったの。



私を助けてくれた望美・・・だけどあの時私が軍からはぐれていなければ・・・
もしかしたら、源氏に来ることはなかったかもしれない。
源氏の神子として戦わなくてよかったかもしれないって・・・そう思ってしまったの。
私に会わなければ、望美は幸せでいられたのかしら・・・




「朔ちゃんにあって、神子姫は源氏の神子という名に縛られることになった。
だけど、それは神子姫にとっても辛いことだけじゃなかったはずだよ」
「そんなこと・・!源氏でなければ将臣殿と敵対することなんてなかったわ!あんなふうに・・望美が苦しむことなかったのよ・・・」

「将臣とはね・・・。そのかわり、望美は九朗と出会えなかったぜ?」
「あっ・・・」

「朔ちゃんにあって、一緒に源氏へと合流したから。だから望美は九朗に会えた。
それもなかったほうがよかったって、そう思うのかい?」




ヒノエ殿の言葉に私は気づかされてしまったわ。
望美が九朗殿と衝突していたころのこと。
仲間と認められて、本当にうれしそうに笑っていたこと。


しだいに・・二人に恋心が芽生えていったこと・・・
私に相談してくれた望美。
その表情がとても輝いていたってことを。




「望美は源氏の神子という立場にしばられた。戦を強要された。それは辛くて苦しかっただろうね。
でも、九朗と朔ちゃんと会って笑っていたとき。彼女は楽しくなかったのか?嫌なことだけだったと思うのかい?」

「朔ちゃんは周りのことによく気づくから、つい思い悩んでいることが多いよね。
だえけど、一人で抱え込む必要はないだろう?
朔ちゃんには望美もいる、景時もいる。オレだっているんだからさ」



パチッと片目をつぶって微笑んだヒノエ殿。
その女性を魅了する表情に私は思わず赤くなってしまったわ。
いつもだったらさらりとかわせていたのに、先ほどまで真剣な表情をしていたから・・・
突然のそれに素直に反応してしまったの。

「ふふ・・・赤くなった。かわいいね、朔ちゃん」
「・・・!!わかりました、私には望美も兄上もおりますので二人に相談することにしますわ!」



だからヒノエ殿には気にかけていただかなくて結構です、と私が言うとヒノエ殿はやっぱり笑ってこういったの。



「それは残念・・・朔ちゃんのためなら火の中水の中・・・っておもってるんだぜ?」
「ヒノエ殿!!」
「っと・・名残惜しいけどオレはこの辺で失礼するよ」



邪魔者がきたしね、といってヒノエ殿はいなくなってしまった。
ふと、屋敷の方を見ればそこには兄上の姿があって、私のことを呼んでいたわ。

「朔・・!ヒノエくんに何もされなかった?!」



おろおろしながらたずねてくる兄上に、私は一つため息をついた。



「何でもありません。兄上はもう少ししっかりしてください。」



それでは軍奉行として恥ずかしいですわ、と私が言うと兄上は朔〜と情けない声を出した。
本当、こんなのが軍奉行で源氏は大丈夫なのかしら?




「あっそうそう、もうそろそろ食事の準備ができるから呼びにきたんだよ」
「わかりました。もう2・3本つんでからいきます。」




ヒノエ殿と話し込んでいたから作業がまったく進んでいなくて・・・
いそいでよさそうな花を摘んだの。


そうしていたら、ふとあの人の言葉を思い出したの。

『朔はもっと人を頼った方がいい』



昔・・・あの人がいなくなる前に言ってくれた言葉。
あのときは、私はあの人がいてくれればいいと思っていたわ。
だからその言葉の意味を深く考えたことなんてなかった。
だけど・・・先ほどのヒノエ殿があの人に重なって見えた。
あの人が私を見てくれたその様と似ていた気がしたの。
だからかしら・・・なんだかすぅっと心が軽くなった気がしたわ。


私はあの人がいなくなって、一人になったのだと思った。
だけど、望美も兄上もいると言われて。
私は一人になったわけではなかったのだと、気づくことができた。


私にはあなたもいる・・・




「朔・・・?」



動きを止めていた私を不審に思ったのか兄上が不思議そうな表情で声をかけてきた。



「・・・いいえ、なんでもないわ。花はつめたもの、いきましょう」




ヒノエ殿が何を思って私に声をかけるのか。
それは今でもわからないし、わかる必要もないと思うの。


だけど・・・そうね。


少しだけあなたのこと見直してもいいと思えるの。
あなたのおかげで私は前に進めそうだわ。



だから・・・ありがとう、ヒノエ殿。