どんなに冷たいことを言ったっていつだって側にいてくれる。貴方がいるから私は寂しくないよ
コン、コン
小さく響いたノックの音にシンクはイオンが来たのだと思った。
どうせ変な慰めにでもきたのだろう。
そんなものいらないとシンクは訪問者を無視した。
コン、コン
しばらくするとまたノックの音がする。
けれどそれも無視する。
するとまた扉が叩かれる。
どれだけ無視しても鳴り止まないノックの音に、シンクは半ば意地になっていた。
(絶対にでてやるもんか・・!!)
コンコン、コンコンひたすら鳴らされ続ける扉。
けれど絶対に返事をしないシンク。
しばらくそのやり取りが続いたが、コンっと一つ音が鳴ったのを最後に扉の向こうの気配が消えた。
「ようやくあきらめた・・か。」
訪問者とのプチバトルも終わってすることの無くなったシンクは、眠くもないのにベッドへと倒れこむ。
仰向けに寝転んで天井を何気なく見つめる。
しみ一つない真っ白なその天井はいつもと変わらないはずなのにどこまでも空虚なものに思えた。
それが嫌でシンクはそっと瞼を閉じた。
広がっていた白はなくなって変わりに世界が真っ暗になる。
「所詮ボクは“イオン”には敵わないってことか・・・」
ポツリとつぶやいた言葉は闇に全てが飲み込まれる前に一つの物音にかき消された。
ゴツッ
盛大にぶつけた音が窓の方から聞こえてきた。
何事かと思わずカーテンを勢いよく開けるとそこには涙目になりながら額を押さえているアリエッタの姿があった。
「アリエッタ?!一体そんなとこでなにやってんのさ!」
真っ赤になった額があまりにも痛々しくてシンクはとっさにアリエッタを抱き上げて部屋の中へと連れ込んだ。
そして洗面所から濡らしたタオルを持ってくるとそれをアリエッタの額にそっとあてる。
「―――っ!!」
冷たいタオルの感触にアリエッタが声を上げて逃げようとする。
けれどそれを無理やり押さえ込んでべたっとタオルをあて続けた。
しばらくしてだいぶ赤みが引いてから、シンクは用のなくなったタオルを脱衣所の籠へと放り込んだ。
「まったく、窓に額ぶつけるなんて一体何をしようとしてたのさ?」
呆れた声で言うとアリエッタはもぞもぞと居心地悪そうにしながらも小さな声で答える。
「シンクが開けてくれないのが悪いんだもん・・・!」
「は?」
意味が分からないシンクは間の抜けた声を出してしまった。
開けるとは一体なんのことだ。
そう思ったシンクにアリエッタは続けて言う。
「シンクがどれだけノックしてもドア開けてくれないから、アリエッタ中に入れなかったんだもん!
それでイオン様の部屋の窓から外へ出させてもらってシンクの部屋の窓から入ろうと思って・・」
「で窓にしこたま頭ぶつけたってわけ?・・・バカじゃないの?」
夏場ならいざしらず、この時期に窓が開いているわけがない。
それなのに窓から、などという発想にいたるアリエッタにシンクは呆れるしかなかった。
「アリエッタバカじゃないもん・・!」
「あーはいはい。で、一体何のようなわけ?」
むーっとむくれるアリエッタだが、シンクに用件を聞かれて一瞬動きを止めた。
シンクに説明してこい、といわれてきたはいいが、実際どういえばいいのかアリエッタには分からなかった。
しばらく悩んでようやく言えたのは「ごめんなさい」のたった一言だった。
「何が?アリエッタはボクに謝らなきゃいけないようなことしたわけ?」
心あたりないんだけど、と言うシンクにアリエッタはもそもそとさっきの・・・というのが精一杯だった。
けれど、それでもシンクは何もなかったかのように振舞った。
一見いつもと変わらない態度のシンクだったけれど、アリエッタは確か違いを感じとっていた。
いつもより視線が冷たい。
距離を置かれているように感じてアリエッタは悲しくなってくる。
「用がそれだけならアリエッタも早く寝なよ。明日起きれなくなるよ?
それにボクは明日も忙しいんだからさっさと寝たいんだけど」
言外にさっさと出て行け、というシンクにアリエッタはギュッと手を握り締めた。
「アリエッタはシンクのこと大好きなんだからっ!!」
ゴンッ
思わぬ大告白にシンクは扉に頭をしこたまぶつけた。
「な、なんなのさ、アリエッタ!」
ぶつけた額を押さえながらアリエッタの方を振り返ると真っ赤になっている彼女の姿があった。
恥ずかしそうにしながらも決して視線をそらさないアリエッタにシンクのほうがひるんでしまう。
「あ、アリエッタはイオンが好きなんだろ?!」
「好きです。でもアニスだって同じくらい好きだもん!」
ゴンッ
アリエッタの発言に今度は足を机の脚にぶつけてしまった。
「―――っ!」
かなり痛かったが何とか声を押し殺す。
ここで悲鳴を上げるのはかなり恥ずかしい。
「し、シンク、大丈夫ですか・・?!」
わたわたとあわてて駆け寄ってくるアリエッタを手で制しながらシンクは顔を上げた。
「それって一体どういうことなわけ?」
「アリエッタはイオン様もアニスも好きです。でもシンクのことは“大好き”っていうそれだけのことです!」
「アリエッタの一番はシンクだから・・」
最後のほうは恥ずかしくなってきたのかごにょごにょと小さくなってはいたがアリエッタの言葉はちゃんとシンクに伝わっていた。
ストンと心に出来た穴を埋めるかのように届いたそれは言ったほうも言われたほうもものすごく恥ずかしかった。
「えっと・・それだけ・・だから・・っ!!」
ダッと逃げるようにして部屋から出て行こうとするアリエッタの腕をシンクががっちりと掴む。
「えっ・・?」
驚愕の表情を浮かべたアリエッタが振り返る。
シンクは腕を掴んだままアリエッタの耳元に顔を近づける。
「ボクの一番はずっとアリエッタだよ」
ぼっとアリエッタの顔が赤くそまる。
シンクはすっと顔をそらすとベッドにもぐりこんだ。
「もう一回言って・・!!」
目をきらきらと輝かせて言うアリエッタだったけれど、シンクは頭までしっかり布団をかぶったままくぐもった声を返す。
「あんなの一回こっきりだよ・・!もう二度といわない・・!」
「やだ、アリエッタいっぱい言ったもん!だからもう一回!!」
布団に包まったシンクをゆすり続けるアリエッタに負けてシンクがその顔をさらに赤く染めるのはもう少し後のことである。
「ボクも・・だ・・大好き・・だよ」
「アリエッタもシンクのこと大好き、です!」
あんなにも冷たく感じた白も今はもう怖くない。君が隣にいるからボクは強くあれるんだ
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